【文献名】
Schmidt HG, Norman GR, Boshuizen HP: A cognitive perspective on medical expertise: theory and implication. Acad Med. 1990 Oct;65(10):611-21.
【要約】
<従来の仮説>
・臨床技能は状況と独立しており、獲得すると新しい問題ですら上手に解決することができる
・病歴/身体診察、データの解釈、診断、臨床推論、マネージメントなどから構成
○Content Specificity(内容の特異性)
・生物医学的な知識と問題解決のための経験則は、個々の問題のレベルになると関連性は低い
○専門性とデータの収集
・専門性が高まれば重要な臨床データの収集が増すという仮説は支持されない
→ 初心者(学生、レジデント)と同じぐらいの収集力
○基準の設定
・問題解決の基準を作成するのは想像されるほど明確なものではない
○中間効果
・学生がレジデントになったとき、一時的に臨床推論能力が低下することあり
・専門家はテストで評価することが困難な、ある種の特別な知識を獲得する
○臨床診断の過ち
・今までは、ショートカットの利用や詳細への不注意、明確な知識の欠如が原因と考えられていた
・実際は長い診察時間と関連していることが多い
<臨床推論の段階理論>
○以下の3つの想定に基づく
・医学における専門性の獲得に置いて、学習者はいくつかの移行段階を通過し、それは行動の基盤にある異なる知識基盤に特徴づけられる
・こうした知識の基盤は専門性の発達の中で衰えて駄目になることはなく、状況がそれを必要と
するときは将来も活用できる
・経験のある医師は、ルーチンの症例を診断する際に、我々が「病気のスクリプト」と呼ぶ知識
基盤を操作していく
○病気のスクリプト
・病態生理ではなく、疾患に関する臨床的に関連する豊富な情報、その結果、それが生じたコンテクストを含む
[Stage1:詳細な因果関係のネットワークの発展]
・医学部4回生までの本での知識・理論をネットワークでつなぎ、状況を説明する
[Stage2:詳細なネットワークの集合を要約する]
・繰り返しの経験を通じて、このネットワークを高いレベルの簡潔な因果関係モデルへと要約し
症状や徴候を説明し、診断のラベルに組み込む
・これは実際の患者に遭遇する中で起きる変容である
[Stage3:病気スクリプトの出現]
・要約と同時に因果関係の知識構造が、「病気スクリプト」と呼ばれるリストのような構造へと
変化していく
・多くの患者との遭遇の中で、学習者は病気の表現に多様性があることを感じる
・そして、病気が生じる背景にあるコンテクストの因子に注意を払い始め、スクリプトが生じる
☆illness script:diseaseとillness/contextが一体となって記憶される症例のまとまり
○通常の症例では、スクリプトを探し、選択し、検証することとなる
・病気スクリプトは、連続的な構造を持つことがポイント
・異なる医師は同じ疾患に対しても全く異なるスクリプトを開発することとなる
[Stage4:即席のスクリプトとして患者との出会いを蓄積]
・多様な経験を積むことで、多くのスクリプトを蓄積するプロセスが専門性の獲得
・似たようなスクリプトを適用することで多くの症例に対応することが可能になる
→ パターン認識はショートカットではなく、不可欠な技能である
○こうした段階は徐々に獲得されていくが、専門家は前の段階に戻ることは可能であり、状況によって使い分けることができる
○専門家は「深いレベルの情報処理」で働いているのではなく、経験と以前の教育から
生じた様々な形態の知識の表現を自由に使いこなすことと関連していると言える
<教育への適応>
・問題の数、カリキュラムの中での連続性、それぞれから引き出される情報が極めて重要となる
・どれぐらいの数の問題を解決していけばよいかは不明
<学習者の評価>
・2層に分けて実施する方法
1.まず簡単な最低限の情報を持つ多様な状況を提示し解決に至ることを求める
2.正解にたどり着かなければ、問題をより詳しく、追加情報を用いて解決していくこととなる
【考察とディスカッション】
・ 多くの医学生は疾患(disease)経験の多様さ、多さを追い求める傾向にある。私たち指導医はそのような学生にこのような疾患の経験を追い求めるだけ ではなく、患者中心の医療の方法における「病い(illness」」の側面も探求するように働きかけることができる。このことにより学生に 「Illness script」が形成されることになるだろう。
・ 同時に学習者のステージについても注意を払う必要がある。臨床推論「Stage theory」でいうStage2における単純化された因果モデルを高いレベルで学んでいない場合、患者の背景(context)の重要性を強調すること により学習者圧倒されてしまうであろう。指導医はこの点において間違いを犯しやすいと考えており、「Illness script」の学びは卒後3~4年くらい、stage3の「Emergence of illness script」に入る痛ある段階が望ましいと思われる。
・ 改めてIllness script形成が自分の診療のコアにあると痛感する。家庭医の診断能力を他の領域の医師に説明する際に、こうした認知論的観点から「包括的ケア」の妥当性が満たされることを示すのも一つの方法であろう。
・ こうした教育研究も是非HCFMの一研究領域としていきたいものである。その際は、やはり医学部教育ではなく、現場の臨床経験に基づき生涯学習に連動するようなテーマが良いだろう。
【開催日】
2011年2月2日(水)