日常病・日常的健康問題

【文献名】

山田隆司、吉村学、名郷直樹ら:日常病・日常的健康問題とは–ICPC(プライマリ・ケア国際分類)を用いた診療統計から(第1報)–.プライマリ・ケア:P80−89, Vol.23 No.1 2000

【要約】

<はじめに>
プライマリ・ケアの現場である地域の第一線の医療機関には、様々な健康問題を持った患者が日々訪れる。そこでは患者の医療ニーズに沿った医療の提供が望まれる。プライマリ・ケアの現場では、極めて病初期の患者や多臓器にわたる疾病を同時に抱える患者、病因となる臓器を特定しかねる患者等、一概に臓器別の診療の提供をすれば事が済む患者はむしろ例外的で患者に身近な設定であればあるほど幅広い臨床能力が求められる。最も身近な家庭医、プライマリ・ケア医に地域住民は何を求めているのか、いわゆる地域住民の日常的健康問題、日常病を知る事がプライマリ・ケアを論ずる上での出発点と言える。今回、我々は、地域に単独で存在する、いわゆる僻地診療所の受診患者および往診の要請があった患者、すべての受診理由、診断病名、診療行為等をICPC(プライマリ・ケア国際分類)に則り分類し、1年間にわたって記録、統計解析したので報告する。

<方法>
今回の調査に参加した医療機関は岐阜県久瀬村診療所、春日村診療所、藤橋村診療所、愛知県作手村診療所、愛媛県二名津診療所の5診療所で、いずれも僻地に存在し、地域の唯一の医療機関としてプライマリ・ケア機能を担っている。
  調査研究に参加した7人の医師は、あらかじめICPCに関する勉強会、研修会に参加し、医師間での誤差をなくすように検討した。
  5診療所にあらかじめ、アムステルダム大学家庭医療学講座が開発し、自治医大地域医療学講座が一部修正を加えたコンピューターソフトを導入し、1年間のすべての外来受診患者について、その受診理由、診断病名、診療行為を記録した。
  記録した事項は(1)受診理由:症状や愁訴等、患者が自発的に述べた健康問題をコード分類化し2項目記録、統計資料として保存する受診理由は1番目の愁訴、症状を主訴として記録、(2)診療要求:再診時等で症状や愁訴が特にない場合は何を求めて来院したかを記録、(3)病歴、(4)診断前介入行為、(5)診断病名:当日診断した健康問題の診断病名、診断不可能な場合は主訴、(6)健康問題の新旧の区別:受診当日の新しい健康問題か、以前から継続した健康問題か、(7)旧診断病名:同一の健康問題でその病名が変更された場合の以前の病名、(8)確定診断か否か、(9)診断後介入行為、(10)紹介の有無
  上記の項目を1回の受診につき、健康問題毎に記録した。

<ICPC>
プライマリ・ケアの現場での有効で利便性の高いデータ収集を目的にWONCA分類委員会が開発したもの。特徴は病名分類の項目をプライマリ・ケアの現場で遭遇する頻度に沿って少なくした事、診断病名がつかない時は、症状、愁訴で病名として扱う事、必要に応じて国際疾病分類(ICD)に変換できるよう対比表を完備したこと、国際比較が可能なこと。

<結果>
1.受診回数
 1997年4月1日から1998年3月31日の1年間に、5診療所を少なくとも1回受診または往診した患者は全部で4495人。5診療所の対象人口は住民登録上8116人。およそ55%の人が1年に少なくとも1回は地元の医療機関を受診していることになる。各年齢層毎の受診状況は幼小児、高齢者に高い受診率が見られた(図1)
 全受診回数は総数43137回、受診者一人当たりの平均受診回数は1年間で9.6回。

2.健康問題
 延べ健康問題数は67499件で、1受診あたりの平均はおよそ1.6件。新しく記録された健康問題は10570件、既に有していた健康問題は3971件。初診といえる健康問題が10570件(延べ健康問題数の15.7%)、再診が56929件。
a)すでに有していた健康問題
内訳は表1。いわゆる慢性疾患がほとんどで、対象人口を母数にすると、おおよその有病率を推測できる。
b)新しく記録された健康問題
内訳は表2。年間の発症率を推測することができる。これらはいわゆる日常病と言われる発症頻度の高い疾病群である。
c.臓器別健康問題
内訳は図3。継続的な健康問題、新しい健康問題のいずれも幅広い臓器にわたって健康問題が日常的に見られている。

3.受診理由
 初診時の受診理由(表3)はそれぞれの健康問題のきっかけになるで日常的健康問題といわれるものである。多くの臓器に関与する症状であり、病初期に関与するプライマリ・ケア医にとって、最も重要な情報であり、適切に介入していくことが要求される。

<考察>
今回の調査で地域の第一線の医療機関に従事するプライマリ・ケア医の診療の概略を把握できた。プライマリ・ケア医の労力の多くは慢性疾患の管理に充てられ、内科的な疾患だけでなく老化と関連した多科の疾患、生活習慣病が多く、患者を取り巻く心理社会的背景を適切に理解しないと患者のQOL向上につながらない事が多く、患者に身近なプライマリ・ケア医がこれらを管理する事は意義深い。
  受診理由から、極めて多臓器に渡る愁訴で受診する患者が多く、これらに対して適切な診断技能、治療手技を身につけておく必要性が推測された。

【開催日】
2012年3月28日