―文献名―
「贈り物の心理学」 成田善弘著 名古屋出版会 2003年
―要約―
P89 この頃病院に「職員に対するお心付けは固くお断りする」という張り紙をみる。患者からの贈り物をある種の賄賂とみてそれを拒絶する、正当な料金以外は受け取らないという姿勢であろう。
また近年は患者の権利意識が高まり、患者は医療の施しをうける存在ではなくユーザーであると考えられるようになり、医療が商品視されるようになると、買い手である患者が、売り手である医療者に贈り物をするなどは考えられなくなりつつある。しかし、わが国には様々な時や場合に贈り物を贈るという習慣が定着している。他家を訪問するには手みやげを携えていくのが常識とされているし、世話になった人たちへの中元、歳暮を贈る事は慣習になっている。医師に贈り物をする患者の中には、医師に世話になっていると感じている人もいるであろう。そういう患者達は医療を商品と見なすのではなく、そこに医師の善意や尽力を感じているのだろう。
P91 ある時期から方針を変更し、常識の範囲で判断して特別に高価な物でない限りよろこんで受け取ることにした。というのは、贈り物を謝絶することで患者との関係が安定する事は少なく、むしろ患者を傷つけ関係を不安定にする場合が多いと感じたからである。贈り物を贈るのは、歴史的、文化的慣習であり、また医師の善意や尽力に対する謝意であり、さらには贈り物を通して、自分の気持ち(感謝・愛)、人格が医師に伝わる事を望むからである。それを断ることは、医師が患者とは歴史と文化を共有しないと告げることであり、自分の行為は善意に基づくものではなく、単なる業務であり商品の提供だと告げることであり、患者の気持ちや人格は受け取らないと告げることである。
P94 (精神療法)治療中の贈り物は一般に無意識的に動機付けられた行為である。患者は自分が価値あると思う何らかの好ましい現実の経験を治療者にも共有して欲しいという願望は意識している。しかし贈り物が、治療者に自分の現実世界の喜びを共有する現実の対象になってほしいという願望を表していることには通常まったく気付いていない。
P175 贈与交換は単なる物のやりとりではない。ものを媒介として贈り手と受け手のコミュニケーションである。ものを贈る側も受け取る側も、好意や信頼に根ざした人格的関係によって結ばれ、双方の間には互酬性の原理もしくは互酬性の規範によって、返済の期待や返済の義務が生じる。贈り手は受け手に返済を期待し、受け手は贈り手に返済の義務を負う。こうした交換当事者双方の思惑や感情が錯綜する結果、贈与交換の生活はますます複雑になっている。
(内観療法は、してもらったらして返すのが当然という事が前提として強調されている日本であるため発達したのかもしれない)
日本社会では、ハレの日に食物をやりとりすることは多い。日本語の「もらう」という言葉は、元々は多くの人が食物によって不可分の関係を結ぶ事を意味したという。人と飲食を共にするという事から「酒もり」の語もできたという。
【開催日】
2014年4月23日