-文献名-
Jinping Xu et al. Patients’ Survival Expectations With and Without Their Chosen Treatment for Prostate Cancer. Ann Fam Med May/June 2016 vol. 14 no. 3 208-214
-この文献を選んだ背景-
前立腺癌は男性の部位別罹患率の3位であり、長期生存の見込めるがんであるため、家庭医の継続的な外来で遭遇することの多いがんであるとも言える。実際、当院でも、これまで複数の前立腺癌患者を経験している。多くは治療継続という外来であるが、最近経験した2例においては限局性前立腺癌患者のカウンセリング(2ndオピニオン含)をも担う外来となった。それぞれの価値観や性格傾向に合わせて継続的なケアを行なっているが、「どれだけ生きたいか?」という期待が「治療選択の有無」にどのように影響しているのか?を調べた文献に遭遇し、今後の診療に行かせる研究と考え共有したい。
-要約-
Introduction:
・スクリーニングで同定された限局性前立腺癌への過剰治療は公衆衛生学的に重要な関心事である。
・低リスクのものは初期マネジメント戦略として「経過観察/積極的な監視療法」がガイドラインに含まれているが、実際選択しているのは10-20%程度である。新しい技術の存在やがん進行の不安・恐れが影響し、低リスクへの積極的な治療は増加傾向にある。
・現在、積極的治療と待機的観察を比較するPIVOT試験が進行中であり、10年間の中央値で待機的観察と比べて積極的手術が全ての原因もしくは前立腺癌に関連した死亡率を著しく低下させるという結果は示せなかった。手術や放射線療法などの積極的な治療が生存率向上に寄与するかはこれまで十分に確立されてもいない。
・治療決断に際し、治療オプションの利点・決定を正確に理解する必要があり、患者の期待余命が治療選択に影響するのかの調査はほとんどない。我々は患者の期待余命と限局性前立腺癌への治療選択の有無について調査を行なった。
Method:
・横断研究
・デトロイト市都心部に住む75歳以下の黒人・白人男性で、新たに診断された限局性前立腺癌患者が対象
・MDCSSというシステムのRSAというデータを利用し、自記入式調査表を用いての研究を行なった
・カルテレビューと治療選択、選択理由、どんな治療を紹介・推奨されたかなどを調べ、「治療をしなかった場合どれ
だけ生きられると認識しているか?」「治療しなかった場合、どれだけ生られると思うか?」という2つの質問を行なった
・治療無しで期待余命があると思う群、治療をして期待余命があると思う群、その群間の分析、年齢・人種・学歴・健康状態などによる多変量解析を行なった
<治療希望の有無別の期待寿命>
・治療しない群では、33%が5年以下の期待余命であった。41%が5-10年、21%が10-20%、5%が20年以上だった。
・積極的治療を選択する群は3%が5年以下、9%が5-10年、10-20%が33%、20年以上が55%であった。
<治療選択群毎の期待余命比較>
・積極的治療を選択する群の期待余命は11年以上と長く、治療しない群と比べて4年以上長かった。
・手術選択群と放射線選択群との違いは無かった。
・変数調整後、待機観察選択群では治療なしの場合にでより長い期待余命を持ち、治療ありの場合でより短い期待余命を持っていた。
・治療しない群では待機観察で期待余命が長く、治療する群での期待余命が短かった。
<多重線形回帰分析>
・年齢、健康状態、癌の深刻さの認識、治療選択群が期待余命の予測因子となった。
・人種やリスクレベルは含まれず。
Discussion:
・全ての男性が、年齢、人種、学歴、合併症に関わらず、積極的治療での非現実的な期待余命を保持していた。
・手術や放射線を選択した男性は、それをすることでしない場合よりも10年以上余命が伸びると期待していた
・この誤解の訂正こそが重要で、治療の意思決定のみならず、PSAでのがんスクリーニングへの認識を改善するであろう
・他の研究では限局性前立腺癌と診断された男性は、全ての年齢と合併症の状態に関わらず86-98%がその癌で亡くなってはいない
・治療後の10年以上の観察結果でも、手術選択が生存を伸ばしたという確証は得られていない
・限局性前立腺癌の診断時に、出会った医師がどのような推奨を行なうかは初期の促進因子となる
・意思決定やその支援において、治療の比較や副作用に焦点があたることはあっても、期待余命を話題にすることは少ない
・泌尿器や放射線の医師が深い医師患者関係を構築してタイトな時間の中で診断や治療についてのディスカッションを行なえる機会は乏しい
・患者を長期に継続的に診ているプライマリケア医こそが、患者についての個人的な知識を持ち、意思決定へのアプローチ、疾患管理の流れの中で何を優先するかに利点を持っている
・本研究の限界としては、①経過観察・監視療法が31名と少なく、より多い人数での調査が今後必要であること。②2009-2010年の研究なので、監視療法が今よりも少ない時代の調査となったこと。③一箇所の都市で行った調査なので他の地域には当てはまらないかもしれない。
-考察とディスカッション-
・2例の患者の低リスクの1例は確固たる信念で治療を選択せず経過観察しているが、専門医からの圧力で不安が度々生じている。もう1例は中リスクでもあったが、手術や放射線のメリット・デメリットに悩み、またダビンチ手術や小線源刺入放射線療法という新しい治療方法でオプションが増えたことで、治療決定に悩み・迷走する時間があった。
・家庭医が意思決定のガイドとして、患者の人生を支援することは期待される役割であるが、多くの場合は
・待機的な観察は、治療の合併症を減らし、手術をしないコスト低下が期待できる。家庭医が期待余命などを含めて意思決定支援に関わるメリットは大きい。
・しかし、現状の医療体制や専門医との関係性の中で「患者が家庭医に相談を持ち込むか?」「家庭医と患者の決定を専門医がどう認識するか?」についてはまだまだ弱い体制・コンセンサスである。
<ディスカッションポイント>
・限局性前立腺癌の治療決定に関わったことがありますか?その際に、期待余命などを話題にしたことがありますか?
・今後、どのようにすれば患者が家庭医に前立腺癌の治療方針の相談を持ち込めると思いますか?どのようにすれば家庭医と泌尿器科医、放射線治療医で日本や各医療圏でのコンセンサスをつくれると思いますか?
【開催日】
2016年9月21日(水)