~Capabilityアプローチ~

【文献】
Ferrer RL, Carrasco AV. Capability and Clinical success. Ann fam med 2010;8(5):454-60.

【要約】
《プロセスとアウトカム改善の間の乖離》
・ 慢性疾患の管理において、多くの臨床研究ではケアプロセスの改善とアウトカムの間の乖離が示されている
・ その理由の一つは、成功がヘルスケアシステムのコントロール外にある、患者が不健康な行動を変えて疾患を管理しようとする能力に依存しているからである。
・ 患者の参加度合いを高めるために、自己効力感のような全人的な関わり、そしてそこから起因する介入としてempowerment、自己マネジメント、motivational interviewingのような方法が開発されて、一定の効果をもたらしている。
・ ただ、こうした方法論は外部の環境が実際に行動変容の機会を与えているかどうかはあまり強調していない。今までのアプローチが十分な成果を挙げなかったのは、こうした健康の社会的要因への理解が乏しかったからではなかろうか。
《制約:健康的行動への環境面からの障害》
・ 実例として、貧しい地域に住む住人は健康的な食事をとる機会が減り、運動も実施しづらく、肥満の罹患率は上昇していく。つまり、健康的な生活を送るための資源が最初から乏しい。
・ こうした健康の不均衡をもたらす構造的原因となる一般的な状況や環境面の障害については、現在のアプローチでは十分取り上げられていない。
・ もちろん、communityレベルでこうした問題に取り組むアプローチも重要だが、診療所を基盤とした効果的な方法論を開発することも重要であり、プライマリ・ケアが広く国民に受け入れられるためにも必須である。

《臨床的な成功の決定要因としての患者のCapability》
・ Capabilityフレームワークは個人の幸福とその社会的なコンテクストを評価するために作られた。
・ Capabilityとは人々が有意義と感じる生活を送る機会をどの程度持てているかで定義される。
・ 有意義さは活動に起因し、それにはおいしく食べられる、十分な栄養が確保できているような段階から、更には、自分の力で判断を下すことができる独立性を保てているなどの高い目標なども含まれる。
・ このフレームワークの特徴は、達成状況に加えて機会を強調した点にある。つまり、単なる能力abilityを目標達成のための活動に変えるためには、現実 的な機会が必要だからである。ある人にとって実行可能な潜在的な機会のセット(capability set)を調べることで、どのような目標が達成可能か明らかになる。例えば、運動へのcapability setであれば、潜在的に実行可能な様々なタイプの運動をその人の時間・金銭、身体能力、他者からの支援、地域性などを考慮して提供することとなる。
・ このように機会を幸福測定の方法に加えることで、達成度が持つ問題点、つまり、人によってその度合いが変わることを回避することができる。
・ コミュニティーレベルでのcapability approachは行動変容に対する視点を、不干渉の観点(健康的な食生活を妨げる者はいない)から、そうした食材を近くのマーケットで入手することがで きるよう積極的にサポートするというスタイルへと変えることとなる。つまり、意志があっても方法を持たないものには行動の自由があるという見方は幻想に過 ぎないということである。
・ もちろん、こうしたサポートは一律に提供されるものではないことが重要である。
・ capabilityの観点からは、求める有意義な活動や目標に対して機会が乏しいということが貧困である。つまり、社会経済的状況と結果の関係性の中で、capabilityが鍵となる。
・ Capability評価尺度
1.この健康問題に関して、その方の価値観や目標は何でしょうか?
2.その地域で利用可能なリソースは何でしょうか? それを利用する機会はありますか? それは手近ですか? その費用は?
3.こうしたリソースの利用を促進あるいは邪魔するような個人的、家族、コミュニティーの要因はありますか?
・ capability介入
1.実質的に有効な目標は? そうした有効性を他の方法で達成するための機会はあるか?
2.機会を増大させるために、重要な個人、家族、コミュニティーの強みはあるか?
3.コミュニティーに向けての行動や提唱を通じて、社会的なコンテクストに関わることは可能か?
《臨床での応用》
・ このフレームワークは、まだ臨床での応用面では初期段階にある。
・ 最も重要なのは、生活習慣の変容や慢性疾患のセルフマネジメントの観点であろう。
・ 環境、機会、そして選択という間での相互作用を理解することで患者の生活習慣の変化における進展をより完全に理解することが可能となるだろう。
・ 機会提供のためには、診療所には目標と活動をつなげる地域のリソースをふんだんに用意する必要があり、パンフレットの作成やlocal connector(地域リソース提供のプロ)の養成、webの充実などが方法に挙げられる。
・ こうした活動は地域の様々なグループとのコラボで更に広がり、実行可能性を高める。ウォーキングキャンペーン、運動メッセージなどを地域ぐるみで展開している例もあり、こうした活動が良いアウトカムを生み出しているという研究結果も見られる。
・ 更に、地域の行政機関との連携もまだ乏しく、これからの発展が求められている。草の根活動との連携も重要である。
・ 地域にこうした機会が少ない場合、臨床家が必要なものを提唱することも重要である。

【開催日】
2010年10月13日(水)

~患者さんに薬を飲んでもらうためにはどうすればよいか?~

【文献】
#1
Barbara J. Stephenson et al.: Is This Patient Taking the Treatment as Prescribed? JAMA & ARCHIVES JOURNALS, Chapter 15, p173-182, McGrawHill Medical.
#2
なぜ、患者は薬を飲まないのか?「コンプライアンス」から「コンコーダンス」へ クリスティーヌ・ボンド編集、岩堀禎廣/ラリー・フラムソン翻訳、薬事日報社.

【要約】
臨床評価の重要性
コンプライアンス不良は多く、臨床医はそれを改善する手助けが出来、患者の有益性を高めることが出来るため、臨床医は患者の服薬コンプライアンスを評価すべきである。長期にわたる自己管理薬治療の平均的なコンプライアンスは、治療継続中の患者でおよそ50%である。

コンプライアンス不良の本質
投 薬内容を患者はしばしば、複雑、不便、厄介(embarrassing)、あるいは高価と感じる。特に慢性疾患では、長期の利益より短期の不都合の方が重 視される。コンプライアンスの「規定因子」に関して、年齢、性別、人種、教養、学歴といった社会統計学的因子との関連はわずかである。その一方で、コンプ ライアンスは精神疾患を有する患者は低くなりがちで、疾患に伴う機能障害をもつ患者で高くなる傾向にある。外来待ち時間が長く、再診間隔が長いと、予約時 に受診せずケアから脱落する。複雑で、コストがかかる治療内容だったりその治療期間が長くなったりするほどコンプライアンスは低くなる。

コンプライアンス不良の評価
次の3つのステップで、ほとんどのコンプライアンス不良の患者が同定できるだろう。
1.予約日に受診しない。
2.十分な量の治療に対する反応が乏しい(あるいはなくなる)
3.コンプライアンスが疑わしい患者に対しては、より適した方法をTable15-2から選んで用いる。
患 者への質問が最も幅広く適応できるコンプライアンス評価法である。注意深く質問することで半数以上を同定できるだろう。実際にどのような薬剤を服用してい るか、いつそれらを服用しているのかを助言を与えずに尋ねるべきである。治療内容への異なった理解やアドヒアランスが明らかになるかもしれない。自己申告 について調べた研究では、質問の前に「多くの人々がいくつかの理由により自分の薬を服用するのにしばしば困難を感じています」と前置きし、予断を与えず、 威嚇しない方法で「あなたは今までに自分の薬のどれかをふくようしわすれたことがありますか?」と尋ねている。その際、患者が前日や前の週に薬を服用し忘 れたことを認めたとしても、依然として実際のコンプライアンス率を過大評価しやすい。(ある研究では17%にも及ぶ)

コンプライアンスの臨床的評価の正確性
Gilbert らの研究によると、プライマリケア医が自分の良く知っている患者のみに対してコンプライアンスの推定を行ったところ、不良なコンプライアンスを検出する臨 床的判断の感度は10%に過ぎなかった。Richardsonらの研究では、受診は服薬コンプライアンスを保証するものではないことと、コンプライアンス は非受診者の方がずっと悪いことを確認した。自己申告に関するコンプライアンス不良(75-100%)未満の錠剤服用と定義)の感度は55%、特異度は 87%(LR+4.4)であった。しかし、陰性尤度比は0.5であり、服薬を順守しているという自己申告については、コンプライアンス不良があるかもしれ ない。(Table15-3)

Original Review:まとめ
患者のコンプライアンスに関する情報はコンプライアンスを高める効果的な方法を効率的に適用することにつながる。

~以下、UPTODATEより~
新たな知見
アドヒアランス評価のため、「あなたは先週、いずれかの薬を飲み忘れましたか?」という質問は錠剤数の計測を参照標準として、コンプライアンス不良(100%未満の服薬)の患者の55%を検出し、特異度は87%になる。(LR+4.3)

最新情報の詳細
ア ドヒアランス不良は医学的、社会的、経済的な重要性に加え、有害な健康アウトカムとも関係する。一般的に患者は自身の服薬アドヒアランスを過大評価しがち で、患者が治療に反応していない限り、アドヒアランス不良を同定することは難しいかもしれない。アドヒアランスを患者が過大報告しないためには次の4つの ことが必要となる。1.服薬方法に関する明確な指示を与えること、2.患者が社会的に望ましい回答をしないようにアドヒアランスを正しく報告することの必 要性を指導および推奨すること、3.予断を与えず、威嚇をしないように現在の服薬状況について質問すること、4.正確な申告への障壁を突きとめること。こ れらの手段はルーチンに行われるべきである。

結果(MEMSの説明については省略)
患者自身が薬剤を服用していないという場合には正 確である傾向を示している。(=患者が自身の薬剤を処方通りに服用するのが難しいという場合は、真実を話している。)(Table15-4) 患者に自身 の薬について、名称、服用目的、いくつの錠剤を服用しているかなど、既に知っていることと信じているところを尋ねることは有用である。最も一般的な副作用 について尋ねることで、より開かれた議論を患者に促すことができる。これらを尋ねる前後で、処方薬について既に知っていることや薬に対する信条を尋ねるこ とは有用である。

UPTODATE:まとめ
<事前確立>
 およそ50%の患者が処方通りに服用していない
<服薬アドヒアランス不良が考慮されるべき群>
・「全ての」患者が評価されるべき
・薬剤に期待される反応をしめさない患者
・複数または複雑な投薬内容をうけている患者
・高齢者
・思春期
・認知症の患者
・精神疾患のある患者
・無症状の疾患(例えば高コレステロール血症や高血圧など)に対する治療を受けている患者
<服薬アドヒアランス不良の可能性の検出>
 「あなたは先週、いずれかの薬を飲み忘れましたか?」と尋ね、「はい」と答えた全ての患者はアドヒアランス不良について考慮すべき。(LR+4.3)
  Morisky質問票「1.あなたは今までに服薬をわすれたことがあるか?2.あなたは服薬時間にこだわらないか?3.調子がいい時は薬をやめるか?4. 調子が悪い時に薬をやめるか?」について、どの質問にも「いいえ」であればアドヒアランスが良好である可能性が高くなる。(LR-0.36)

【開催日】
2010年8月18日(水)

~虚血性心疾患の一次予防としてアスピリンは使わない~

【文献】
Barnett H, Burrill P, Iheanacho I: Don`t use aspirin for primary prevention of cardiovascular disease. BMJ; 340 920-922, 2010. (PRACTICE – Change Page)

【要約】
総括
 現在1次予防としてアスピリンを内服している全ての患者に対して、治療が正当化されるかを再考するべく、個別に評価するべきである。

アスピリンの1次予防効果を検証するMetaanalysis 2009 LANCET
・ 6つのRCTで95000名の参加者
・ アスピリンは重篤なIHD発症を0.07%/年の減少させる(I:0.51% v.s. C:0.57%)
・ そのほとんどは、非致死的なMIの発症率低下の貢献
 絶対リスク減少 0.05% (I:0.18% v.s. C:0.23%  NNT:2000)
・しかし、重大なGI出血や頭蓋外出血のリスクは、0.03%上昇(I:0.10% v.s. C:0.07%  NNT:3300)
・ 全死亡率、IHDによる死亡率、脳卒中については両群間で差異はなし
・ また、リスク低下の程度は年齢・性別・血圧、DM歴、IHDリスクには関係しない

他のSystematic Review 2004~2010年に発表
・ HT患者で抗血小板薬を1次や2次予防として内服しているケース → プラセボと比較して、脳卒中や「全虚血性疾患発症率」を低下させない
・ DM患者においてアスピリンの予防効果を検証したReviewでは、主要な心血管イベントや全死亡率の低下をもたらすことはなかった
・ 効果を示すreviewでもGI出血のリスクと相殺されている

結論
・ 1次予防としてのアスピリンの効果は、致命的な心血管イベントの絶対リスク減少に関して、小さいもしくは重度な頭蓋内や頭蓋外出血のリスクと相殺されると考えられる。
・ 現在入手可能な研究では、健康成人に対する1次予防としてのアスピリンのルーチン使用を正当化するようには考えられず、これは、性別・年齢・血圧・心血管系リスク・DMの有無にかかわらない。

変化への抵抗
・ 2005~2008年に発行されたいくつかの診療ガイドラインは心血管系リスクの高い患者やDM患者へのアスピリンの1次予防としての使用を推奨している
・ ガイドラインを変更した学会もあったが、残念ながら最近イギリス高血圧学会は推奨の姿勢を変えずに示した

どのようにして実践を変えるべきか?
・ 現在1次予防としてアスピリンを内服している患者については、一人一人を再評価し、中止あるいは継続の判断を、十分に患者へこのようなエビデンスを説明した後に、実施すべきである。

【開催日】
2010年6月9日

~夜間頻尿になるほどの水分摂取は控えよう~

【文献】
特集 その患者指導、大丈夫?.日経メディカル4月号:p84,2010

【要約】
 夜間頻尿が主訴の患者の中に、1日2L以上の水分を摂取している人が少なくない。
 「脳梗塞や心筋梗塞予防に水分をいっぱい取るように」と医師からアドバイスされている。
 しかし、
(1) 大量に水分を摂取しても、脳梗塞や心筋梗塞予防になるというエビデンスはない(文献1)。
 高齢者において、脱水予防のために十分な水分摂取が必要なのは、介護を必要とする人や認知症などで喉の渇きが自覚できないような、脱水のリスクの高い人が対象。
(2) 夜間排尿の回数が多いほど転倒の危険性が高いことや、死亡率が高くなることが報告されている(文献2,3)。
 高齢者は膀胱に尿をためられる量が減るため、夜間1回トイレに起きる程度は仕方がないが、2回以上起きるケースは明らかに水分の取りすぎで、いいことはない。
 適切な水分摂取量は、まず、1日の尿量を計測してもらい、尿量の合計が「体重(kg)×20~30mL」程度になるように水分摂取量を調節するとよい。

文献1)
水分を多く摂取することで,脳梗塞や心筋梗塞を予防できるか? システマティックレビュー.岡村菊夫ら,日本老年医学会雑誌(0300-9173)42巻5号 Page557-563(2005.09).
文献2)
Usefulness of nocturia as a mortality risk factor for coronary heart disease among persons born in 1920 or 1921. Bursztyn M, Jacob J, Stessman J, Am J Cardiol. 2006 Nov 15;98(10):1311-5. Epub 2006 Sep 26.
文献3)
Mortality in the elderly in relation to nocturnal micturition. Asplund, R, BJU international 84, 297-301, 1999.

【開催日】
2010年5月12日(水)

~7価肺炎球菌結合型ワクチンの効果~

【要約】
 侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)、肺炎に対する肺炎球菌ワクチン(PCV)の効果、死亡率を評価する必要がある。
 HIV陰性の子供のワクチンに含まれる血清型の肺炎球菌によって引き起こされるIPD(VT-IPD)、レントゲンで診断される肺炎を予防するためのPCVの効果を更新するために今回の研究(systematic review)がおこなわれた。
 文献はCochrane Central Register of Controlled Trials (CENTRAL) (The Cochrane Library 2009, issue 1), MEDLINE (1990 toWeek 4 February 2009); and EMBASE(1974 to March 2009).から検索。IPDや臨床的に肺炎と診断されたり、画像で肺炎と診断された2歳以下の113,044の子供のPCVとプラセボ、他のワクチンとの比較を行ったRCTを選んでいる。

 ワクチンの有効性
  ・7つの文献から、VT-IPDに対して80%の有効性(95% CI 58% to 90%, P < 0.0001)   ・すべての血清型によるIPDに対して58%の有効性(95%CI 29%to 75%, P = 0.001)   ・WHOの基準でレントゲンで診断された肺炎に対して27%の有効性(95%CI 15%to 36%, P < 0.0001)   ・臨床的に肺炎と診断される肺炎に対して6%の有効性(95% CI 2% to 9%, P = 0.0006)   ・すべての原因の死亡率に対して11%の効果(95% CI -1% to 21%, P = 0.08)   ・HIV陽性の子供でも同様 【文献名】 Pneumococcal conjugate vaccines for preventing vaccine-type invasive pneumococcal disease and X-ray defined pneumonia in children less than two years of age (Review). The Cochrane Collaboration and published in The Cochrane library2009, Issue 4.