成人の大うつ病性障害における21の抗うつ薬の効果と認容性の比較

-文献名-
Comparative efficacy and acceptability of 21 antidepressant drugs for the acute treatment of adults with major
depressive disorder: a systematic review and network meta-analysis.Lancet 2018; 391: 1357–66

-要約-
背景:
大うつ病性障害は世界でも一般的で難しく費用を要する疾患です。薬物治療と非薬物治療があるが資源不足が背景にあり薬物治療が多く用いられている現状があります。
これらの薬剤について適切な根拠を提示する必要があり、今回大うつ病性障害の急性期治療における抗うつ薬を比較しランクつけするために我々の以前の研究(12の抗うつ薬の比較の研究)をさらにup dateした。
方法:システマティックレビューとネットワークメタアナリシスを用いた。データはCochrane Central Register of Controlled Trials, CINAHL, Embase, LILACS database, MEDLINE, MEDLINE In-Process, PsycINFOを用い、検索は規制当局のウェブサイト、および国際登録簿を検索した。2016年1月8日までに公開、非公開されている二重盲検化無作為比較試験を用いました。
対象は標準的な基準(DSM-Ⅲ~Ⅴ,ICD-10)に従って診断された大うつ病性障害を有する成人(18歳以上の男女)であり、急性治療に用いられた21の抗うつ薬のプラセボ対照試験および薬剤同士の直接比較試験を含めた。
プライマリアウトカムは抑うつ改善の有効性(標準的尺度を用いて50%以上の改善)と許容性(途中で治療を脱落した患者の割合)であった。
セカンダリーアウトカムは、うつ病スコアのエンドポイント、寛解率、および有害事象のために早期に脱落した患者の割合でした。
結果はランダム効果を用いたペアワイズおよびネットワークメタアナリシスを用いて要約オッズ比(OR)を推定した。
除外基準としては準無作為化試験および不完全な試験、または対象が双極性障害、精神病性うつ病(うつ病に幻覚妄想を合併する疾患)、治療抵抗性うつ病、重篤な医学的疾患(癌、神経難病)を併存するうつ病とし、全体の約20%以上が除外された。
研究のバイアスリスクの評価はコクランハンドブックに従って行い、さらにプライマリアウトカムのネットワーク推定に寄与するエビデンスの評価についてはGRADEのフレームワーク(moderate, low, very low)を用いて行った。

結果:
1979年~2016年までで28552件の引用が検索によって特定され、680件の論文が全文検索された。この中から116477人の参加者を含む522の二重盲見化比較試験が用いられた(figure1)。
Figure2は、有効性と許容性に関する適格な比較のネットワークを示しています(※○の大きさが群数、線が直接比較、線の太さが試験数の多さ)。
ミルナシプラン(SNRI、トレドミン)を除くすべての抗うつ薬は、少なくとも1つのプラセボ対照試験を受けました。
レボミルナシプラン(日本未採用)のみが、いずれのネットワークにおいても少なくとも別の薬物と直接比較されていなかった。
Figure3(プライマリアウトカム)はすべての試験のネットワークメタアナリシスの有効性と認容性のフォレストプロットを抗うつ薬とプラセボで比較しており、
有効性に関してはすべて抗うつ薬はプラセボよりも有効であり、最も効果があったのがアミトリプチリン(3環系、トリプタノール)2.13(95%信頼区間[CrI] 1・89〜2・41)で、次がミルタザピン(NaSSa,リフレックス、レメロン)、次がデュロキセチン(SNRI,サインバルタ)であった。
最も効果が低かったのはレボキセチン(SSRI,レクサプロ)1・37(1・16〜1・63)。
認容性に関しては、アゴメラチン(バルトキサン(NDDI(ノルアドレナリン・ドパミン脱抑制薬(日本採用なし)) (OR 0・84、95%CrI 0・72〜0・97)およびフルオキセチン(SSRI,日本未承認)(0・88、0・80〜96)が関連していたプラセボよりもドロップアウトが少なく、対照的にクロミプラミン(3環系,アナフラニール)はプラセボよりも悪かった(1・30、1・01〜1・68)。比較のループは8%が一致していなかった。
異質性は有効性で0.044(95%CrI 0.028–0.063)、寛容性については0.040(0.023–0.062)と推定され中程度から低いことが示唆されました。
バイアスリスクは522件の試験のうち46件(9%)はリスクが高く、380件(73%)が中程度、96件(18%)が低と評価されました。
そして証拠の確実性は中程度から非常に低かった。
Figure 4ではプライマリアウトカム(有効性と認容性)に対する抗うつ薬同士の直接比較(対面研究)を示しています。
これによるとクロミプラミン、デュロキセチン、フルボキサミン、レボキセチン、トラゾドン、およびベンラファキシンが最も高いドロップアウト率に関連する抗うつでした。
有効性についてはアミトリプチン、ミルザタピン、デュロキセチンの順でした。すべての抗うつ薬間のORの差は有効性で1・15~1・55、許容性で0・64~0・83の範囲であった。
Figure4にGRADEの判断を組み込むとアゴメラチン、エスシタロプラム、シタロプラム、およびミルタザピンの比較の大部分ではmoderateであり、
ボルチオキセチン、ネファザドン、クロミプラミン、ブプロピオン、アミトリプチリンの比較では証拠の確実性はlow,very lowであった。
figure5は、すべての研究および直接の研究における有効性および許容性についての二次元グラフであり、二次結果の結果は一次結果の結果と一致していた。
直接比較では、治療が比較の新規または実験薬である場合、同じ治療が比較のより古いまたは対照薬である場合よりも有意に有効であるように思われた(差1・18倍、95 %CrI 1・09–1・27)この新規性効果を調整すると、抗うつ薬の違いが減少しました。

journalclub1

journalclub2

journalclub3

journalclub4

journalclub5

【開催日】2019年8月7日(水)

うつ、不安、行動医学的問題に対応する家庭医に役立つ6つの5-minuteツール

―文献名―
MICHELLE D. SHERMAN, et al. MANAGING BEHAVIORAL HEALTH ISSUES IN PRIMARY CARE: 6 FIVE-MINUTE TOOLS. FAMILY PRACTICE MANAGEMENT. 2017; 24(2): 30-35.

―要約―
※タイトルのBehavioral healthの意味については下記リンク参照
http://www.yuzuwords.com/2013/09/05/behavioral-health/

 家庭医の診る予約患者の3/4は精神的・行動医学的問題を抱えている。そして彼らの多くは精神科専門医ではなくプライマリ・ケア医に助けを求める。患者の精神状態を良好に保つことは、USのTop15の死因となる病気を予防し診断し治療することに寄与する。薬物治療が行われることが多いが、重症うつの場合を除いて効果はcontroversyであり、患者側も薬を望まないことがある。心理士のような人と協同することが増えているが、家庭医も対応のためのツールを知っておくべきである。これらのつーるによって患者が抱える苦悩やストレス源がすぐになくなるわけではないが、何かしらのよい影響はある。6つのうち、患者にあったものを選んで行うと良い。

松島先生図1

1. 患者が社会的サポートに頼れるよう勇気づける
 まずはsocial supportにつなげることが大事。「これまでの人生で、◯○(今回困っていること)について対応するのを助けてくれた人は誰かいましたか?」と聞いてみる。social supportには、家族、友人、サポートグループ、宗教グループ、12-step program(依存症治療のための自助グループなど)が含まれる。極度に孤立した人では効果的ではないかもしれないが、ネットワークを広げようとする気持ちがあるようなら、診察中に一緒にOn-lineで検索し、ボランティアの機会やソーシャルグループ、なんとか教室、faith-based resourcesなどにつなげると良い。

2. 診察の機会を増やす
 心理士につながらないような人では、家庭医が頻繁に会うことがサポートになる。しばしば家庭医は自分のできることは少ないと思いがちだが、もしかしたら患者にとっては苦難を共有したり、支持的に傾聴をしたりしてくれる唯一の存在かもしれない。頻回に会うことで、信頼や尊敬、安心感がdoctor-patient relationshipの中で強まり、将来的により強い介入(薬剤や紹介など)を受け入れやすくなるかもしれない。

3. 患者が感謝の気持ちに焦点を当てるよう支持する
 大小に限らず、人生のポジティブなイベントに焦点を当てることは、容易でとても有効な手段である。ある専門科は、「感謝の日記」をつけることを推奨している。週に1回でもいいと言っている人もいる。頻度に関わらず、感謝の気持ちを書いたり記録したりすることは、一種の説明責任となったり振り返りの機会を作ることになることから有用であると考えられる。小さなことでもポジティブな出来事(知らない人からの笑顔、子どもの笑い声、美味しいご飯など)から振り返りを始めるとよい。その記録を定期的に受け取ることで、患者の価値観やゴールがわかる。それをもとに動機づけ面接を使って次の行動変容につなげることができる。

4. 呼吸法やマインドフルネスを教える
 4秒呼吸法:4秒吸って、4秒止めて、4秒吐いて、4秒止める。寝室で行うと不眠症にも効果的。
マインドフルネス・祈り・瞑想:「目を閉じて。4回大きく息を吸いましょう。自分の呼吸に耳を傾けてください。穏やかで安心できる場所にいると想像して下さい。どんな気持ちでしょうか」
 1回きりではなく、続けられているかフォローもしましょう。

5. 運動を処方する
 定期的な運動の利益は多くの報告がある。難しさを感じる患者に対しては、オープンに彼らの懸念を聞き、現実的で適切で到達可能な運動目標をたてる。例えば、ジムの会員費は高いのでウォーキングや自転車、家での静止運動、ヨガのDVDといった代替案を出す。処方として記載することで重みが増す。これも外来のたびに確認する。できたことを賞賛し新たな壁を取り払う。

6. ルーチン化やスケジューリングで、行動を促す
 うつ病ではしばしば、抑うつ→無気力→好ましい行動や人々からの回避→社会的孤立→抑うつといった悪循環(下図)に入ることがある。行動療法は回避や孤立を減らすアプローチである。医師はこのサイクルを患者に説明し、たとえ気が乗らなくても何らかの活動に参加することを推奨する。行動を起こす前と後の気分を記録しておき、あとで見直すのもよい。

松島先生図2

参加への抵抗
 多くの患者はこれらのツールに最初は抵抗感を示す。多くの医師は、「きっとよくなるから頑張りましょう」と反射的に告げるが、大事なのは両価性や障壁を予想し、敬意を払い、探索することである。動機づけ面接法を用いると変化への準備度が推測できる。他にもcofidence ruler(重要度-自信度モデルみたいなもの)がある。さらに学びたい人は下記参照。
 ■Encouraging Patients to Change Unhealthy Behaviors With Motivational Interviewing, FPM, May/June 2011,
  http://www.aafp.org/fpm/2011/0500/p21.html

より強力な治療への準備
 多くの患者はこの6つのツールで十分に改善するが、重度のストレスやトラウマ、薬物依存、パーソナリティ障害、家族の問題(虐待など)をもつ場合は専門科への紹介が必要となる。またそれだけでなく、ピアサポートや12-step program、カップル/家族セラピー、オンライン教室、アプリなど多様なオプションを把握しておくと役立つだろう。そのための5つのTipsがある。

 1. 観察した特定の出来事にフォーカスをあてる。ただしラベリングや精神医学的診断は避ける
 「仕事を失ってから食欲がおちて眠れないのですね」
 2. 感情的反応を整えて共感・心配を示す
 「お母さんが亡くなり、怒りやとまどい、悲しみ、喪失感などの強い感情を持つのはもっともです。
  あなたはお母さんととても仲が良かったですから、本当に悲しく辛いお気持ちだろうと思います。」
 3. メンタルヘルスが身体症状に影響を与えることを説明する
 「あなたのストレスが頭痛(吐き気、背部痛などなど)をより強くしていると思います。あなたはどう思われますか?」
 4. 医師患者関係やチームアプローチの力を協調する
 「一人で乗り切る必要はありません。私もサポートしたいと思っています」
 5. 追加の治療は役に立つという希望をじわじわ伝える
 「あなたと同じような方がカウンセラーと話してよくなっていましたよ。あなたもいかがですか?」

【開催日】
 2017年8月16日(水)

【EBMの学び】ラメルテオンの効果

STEP1 臨床患者に即したPI(E)CO
【評価を行った日付】
 2016年12月11日
【臨床状況のサマリー】
 片側膝関節水腫によるADL低下のため訪問診療を開始したばかりの93歳女性。関節水腫は整形外科で診断・治療を受け、訪問リハビリテーションも行い独歩が可能な程度には回復傾向。認知症(詳細は未評価だが重度には相当)、脂質異常症、高血圧はあるが訪問開始時点で内服薬はなし。隣の家に住む娘が介護しながら独居で生活している。娘が監視カメラで様子を見守っているが、夜間不眠があり一晩中うろうろ動いていていることがあり、娘も心配で眠れないとのことで以前効果があったというレンドルミン処方を希望された。レンドルミンを開始したが効果がなかったため、睡眠リズムを整えるラメルテオンであれば転倒の大きなリスクにはならずに状況を改善できる可能性があるかと考え論文を調べた。

  P;高齢(65歳以上)の不眠症患者に
  I(E);ラメルテオンを投与すると
  C;プラセボ薬を投与したときと比べ
  O:睡眠時間は増えるか / 転倒など有害な副作用は増えるか

STEP2 検索して見つけた文献の名前
【見つけた論文】
A 2-night, 3-period, crossover study of ramelteon’s efficacy and safety in older adults with chronic insomnia

STEP3;論文の評価
STEP3-1.論文のPECOは患者のPECOと合致するか?

 P;65歳以上の高齢者に
  組み入れ基準…最低3か月続く週3-4晩の不眠を伴うDSM-Ⅳで診断される特発性不眠症患者で、不眠に起因する日中の障害や悩みを抱え、
         BMI18~34、自己申告の就寝時間が午後8:30~午前12時の者
  除外基準…1年以内に重大な精神または医学的疾患、5日以内に睡眠サイクルに影響しうる薬・サプリメントを服用、3週間以内に他に中枢神経に
       作用する薬を服用、3か月以内に睡眠に影響を及ぼしうる食事や運動や就労状況の著しい変化、7日以内に3回以上時差の境界線を越えた
 I(E);ラメルテオン4mgまたは8mgを投与すると、
 C;プラセボ薬を投与した場合に比べ、
 O;治療効果…入眠までにかかった時間、全睡眠時間、睡眠効率、中途覚醒の回数、睡眠開始から覚醒までの時間、自己申告の評価(sSL,sTST,sNAW,
       睡眠に戻るまでの困難さ、主観的睡眠の質)が改善するか
   副作用…残存薬理効果や副作用は増加するか
→患者のPECOと (合致する ・ 多少異なるがOK ・ 大きく異なるため不適切)

STEP3-2 論文の研究デザインの評価;内的妥当性の評価
①研究方法がRCTになっているか?隠蔽化と盲検化はされているか?
 →ランダム割り付けが ( されている ・  されていない )※ただし方法は記載なし
 →隠蔽化が( されている ・  されていない ・ 不明 )
 →盲検化が( されている ・ 一部されている ・  されていない ・記載なし )※ただし盲検の対象が何なのか記載なし
実際のTableで介入群と対照群は同じような集団になっているか?
 →( 介入群・対照群の検討なし )
② 解析方法はITT(intention to treat)か?
 →そもそも脱落者なし

STEP3-3 論文で見いだされた結果の評価
Outcomeについて、以下の値を確認する
【① 治療効果の有無; P値を確認する】
 治療効果…客観的指標のLPS:睡眠潜時、TST:睡眠時間、Sleep efficiency:睡眠効率のp値はいずれも<0.05、
      主観的指標のほとんど(ramelteon4mgのsSL以外)のp値は>0.05
 残存薬理効果、副作用…残存薬理効果に優位差はないとされているがp値はいずれも>0.05、副作用は統計学的な評価がされていない

【②治療効果の大きさ;比の指標と差の指標を確認する】
●RR(あるいはHR・OR)を確認する
●ARRとNNTを計算する
 ※P値で有意差が出たものについて計算
 治療効果は計算できない

【③治療効果のゆらぎ;信頼区間を確認する】
 信頼区間の記載なし

STEP4 患者への適用
【①論文の患者と、目の前の患者が、結果が適用できないほど異なっていないか?】
 睡眠リズムが大きく損なわれた超高齢認知症患者に対して効果があるかどうかは断言できないが、参考にはなる。

【②治療そのものは忠実に実行可能か?】
 生活指導は困難
 服薬管理は娘が行っており内服可能

【③重要なアウトカムはコストや害を含めて全て評価されたか?】
 コスト:ラメルテオン8mg82.5円/錠と比較的高価(一般的な睡眠薬の内マイスリー以外は1錠20円台以下が多い
     Ex. レンドルミン0.25mg27.5円/錠、マイスリー5mg49.6円/錠)
 副作用:検討が不十分。本患者で重要と思われる転倒リスク、長期間服用した場合のリスクも検討されていない。

【④患者の考え・嗜好はどうなのか?】
 統計的に客観的睡眠を改善するとしてもその効果自体は小さく、最も意味のある主観的睡眠はほとんど改善しない。
残存薬理効果や副作用は十分検討されているとはいいがたいが、処方しない根拠になるほど大きなリスクはなさそう。
ただし本症例の真のアウトカムは「娘の心配や睡眠時間の改善」かもしれないので、多少なりとも客観的睡眠を改善するのであれば投与を試す意義はあると思われる。

*略語
 LPS(Latency to Onset of Persistent Sleep):睡眠潜時…寝入りまでの時間
 TST(Total Sleep Time):全睡眠時間
 Sleep efficiency:睡眠効率…就床時間中の睡眠時間の割合
 WASO(Waking After Sleep Onset):中途覚醒時間
 SL(Sleep Time):入眠潜時…就床から入眠までの時間

【開催日】
2016年12月14日(水)

【EBMの学び】不安障害に対するSSRIの効果

STEP1 臨床患者に即したPI(E)CO
【評価を行った日付】
 2016年7月22日
【臨床状況のサマリー】
 26歳女性。2年前から嘔気、予期不安を伴う動悸などの症状があり、美容師の仕事を辞めて都市部から港町の地元に戻ってきたが、現在も無職で実家の漁の手伝いをして暮らしている。前年10月から不安障害として当診療所でフォローされており、12月よりエスシタロプラム(レクサプロ®)10 mgが開始された。しかし、その後も症状の改善は乏しく、X年7月20日の外来受診時に、専門医受診をしてみたいとの相談を受け、紹介した。不安障害に対し、エスシタロプラムを含めたSSRIはよく使用されるが、実際どの程度、不安症状の軽減を期待できるのか知識を持ち合わせていないことに気づいたので、文献検索をしてみた。

 P;不安障害の患者
 I(E);エスシタロプラム投与
 C;プラセボ投与
 O;不安症状が軽減するか

STEP2 検索して見つけた文献の名前
【見つけた論文】
検索したエンジン;Dynamed
見つけた論文;David S. Baldwin, et. al, Escitalopram and paroxetine in the treatment of generalised anxiety disorder. Randomised, placebo-controlled, double-blind study; Br J Psychiatry 2006 Sep;189:264.

STEP3;論文の評価
STEP3-1.論文のPECOは患者のPECOと合致するか?

 P;18-65歳の全般性不安障害の患者
 HAM-A≧20(中等度以上の不安症状)、MADRS≦16(抑うつ症状は軽度)
 I(E);エスシタロプラム5mg、10mg、20mg投与
 C;パロキセチン20mg、プラセボ投与
 O;12週の治療でHAM-Aの改善がみられるか
 →患者のPECOと (合致する ・ 多少異なるがOK ・ 大きく異なるため不適切)

STEP3-2 論文の研究デザインの評価;内的妥当性の評価
①研究方法がRCTになっているか?隠蔽化と盲検化はされているか?
 →ランダム割り付けが ( されている ・  されていない )
 →隠蔽化が      ( されている ・  されていない ・ 記載なし )
 →盲検化が      ( されている ・  されていない )
実際のTableで介入群と対照群は同じような集団になっているか?
 →( なっている ・ なっていない)
② 解析方法はITT(intention to treat)か?
 →ITTが (  されている ・ されていない )

STEP3-3 論文で見いだされた結果の評価
Outcomeについて、以下の値を確認する
【① 治療効果の有無; P値を確認する】
後藤先生図

【②治療効果のゆらぎ;信頼区間を確認する】
Mean change from baseline to week 12 in HAMA total score (ITT, LOCF)
後藤先生図②
ESC, escitalopram; ITT, intention-to-treat; LOCF, last observation carried forward; PAR, paroxetine; PBO, placebo

STEP4 患者への適用
【①論文の患者と、目の前の患者が、結果が適用できないほど異なっていないか?】
 本症例は、論文の患者と年齢は合致しており、不安症状はあるが、抑うつ症状は軽度の印象であった点も合致している。ただし、HAM-AやMADRSといった尺度で評価はしていないため、正確に論文の患者と合致しているかは確認できない。さらには、不安障害の診断も家庭医による暫定的な診断である。本症例はエスシタロプラム10mgを7か月間投与されており、論文の介入期間を十分に超えているため、エスシタロプラムの効果判定(不安症状の軽減があったかの判定)は可能であろう。
・内的妥当性の問題点は?(STEP3の結果のサマリー)
 →ランダム割付、隠蔽化、盲検化されていることがはっきりと論文内に記載されており、介入群と対照群に大きな差異はない。また、ITT解析されている。内的妥当性は特に問題ないと考える。
 しかし、本論文において、エスシタロプラム10mg投与の有効性は示されたが、着目すべきはプラセボ投与でもHAM-Aが平均して14.20低下している点である(エスシタロプラム10mg投与では16.76低下)。乱暴な見方をすれば、エスシタロプラム10mg投与が寄与するHAM-A低下は、わずか2.56(= 16.76 – 14.20)であり、14.20の低下に寄与したのは、薬物療法以外の要因(治療されているという安心感、単純な時間経過、カウンセリング、森田療法・認知行動療法的なアプローチ、環境の変化など)である可能性が高いのではないだろうか。本論文においては、薬物療法以外の要素に関しては考察されていない。

【②治療そのものは忠実に実行可能か?】
 すでに治療を行っている。
【③重要なアウトカムはコストや害を含めて全て評価されたか?】
 有害事象の評価もされている。(不眠、めまいなど)
【④患者の考え・嗜好はどうなのか?】
 本症例は、患者の求めに応じて専門医に紹介した。仮に家庭医外来で治療を継続する場合、どのようなアプローチを続けるべきであっただろうか。私自身は、この患者を1回しか診たことがなかったが、患者は、薬物治療を続けても変わらない現状に一石を投じたがっていた。「再び社会に出て仕事ができるようになる、新たな出会いを得る」ことを望んでいた。一方で、治療によって「不安症状が全くなくなる」ことを期待していたような印象があった。もし患者が、不安症状が全くなくなってから再び社会参加を、と患者が考えていたのであれば、その時期は永遠に訪れないかもしれない。不安障害に対する薬物療法で不安症状の軽減はできても、なくすことは難しい。また、今回は調べていないが、パニック障害は比較的SSRIによる症状軽減の効果を期待できるが、社会不安障害や強迫性障害などでは期待しにくいようだ。家庭医として患者と共通の理解基盤に立ち、アプローチしていくには、医師-患者間の問題設定、ゴール設定のズレを修正していく必要がありそうだ。薬物療法はあくまで補助的と考え、森田療法的に、不安症状を排除しようと努力するのではなく、あるがままを受け入れて、できることから建設的に社会復帰を進めて行く。そのような認識を患者と共有しつつ、サポートしていくことが肝要と考えた。

【開催日】
2016年8月10日(水)

プライマリケアの精神医学

-文献名-
井原裕.プライマリケアの精神医学-15症例、その判断と対応-

-要約ー
この本の類書と異なる点は、「たった一つのこと」しか書かれていないということです。
すなわち、「うつ・不安・不眠を訴える患者さんには、ヘルシーな生活習慣を勧めさえすればよい」、それだけです。
とにかく、ひたすら生活習慣を診ることです。

 「生活の健康こそ、こころの健康」

実地医家は、とりあえず始めなければなりません。
いわば、過酷な自然状況でサバイバルしていかなければならない冒険家のようなものです。
重装備は不可能で、携帯できるナイフは1本のみ。それこそがプライマリケア精神医学の本質だと思うのです。

 症例1 「まったく眠れない」というお年寄り
 症例2 「明け方まで眠れない」という若者
 症例3 「3,4時間しか寝なくても大丈夫」と言う体調不良の働き盛り男性
 症例4 ため息をつきながら、身体の不調を訴えるお酒好きの50歳男性
 症例5 職場でパワハラを受けたとおっしゃる住宅資材メーカー31歳男性
 症例6 不安発作頻発の37歳キャリア・ウーマン
 症例7 退職後ひきこもって昼間から酒を飲んでいる初老男性
 症例8 「復職が不安だ」と言う若手女性教師
 症例9 帰省中に被災した男性看護師
 症例10 PTSDを心配した教師に連れてこられた被災者少年
 症例11 やさしい精神科医に多剤併用を受けていた22歳女性
 症例12 セカンド・オピニオンを求めて来院した26歳OL
 症例13 眠たいのに心理カウンセリングを受けさせられていた11歳女児
 症例14 元気の出る薬を執拗に要求するネット依存の若者
 症例15 本人の代わりにPTSDの診断書を求めて内縁の夫が来院した29歳女性

軽症および中等症のうつ病では、SSRIとプラセボの有効性において有意差は認められず、最重症でのみ有意差が示された。

 <依拠すべき5つの常識>
・「寝不足だと体調が悪くなる」
・「時差ボケだと頭が痛くなる」
・「酒の飲みすぎは体によくない」
・「運動不足だと体力が低下する」
・「人は寂しさには耐えられない」

 <問うべき5つの質問>
・「平日は何時に寝て、何時に起きています?」
・「休日は何時に寝て、何時に起きています?」
・「酒は週何回? どのくらい?」
・「1日1回は外出しています?」
・「1日1回は人と会っています?」

 <具体的な指導はたった5つ>
・1日7時間以上、週50時間以上の睡眠
 (年齢による若干の補正必要)
・平日休日の起床時刻時間差を2時間未満に
・週3日の断酒日を
 (薬物療法するなら完全断酒)
・1日最低30分は外出
 週1回は半日程度の外出
・1日最低1回は人と会って話す

【開催日】
 2016年3月23日(水)

大人の発達障害

―文献名―
青木 省三, 村上 伸治.大人の発達障害を診るということ 診断や対応に迷う症例から考える.医学書院, 2015

―要約―
背景:
 幼少期から「少し変わった子」だと気づかれながらも診断や支援を受けてこなかった例、また多少の徴候はあっても気づかれずに児童期を過ごし、青年期や成人期に学校や職場などで対人関係などの問題が生じ抑うつなどの様々な症状を呈して精神科を受診する例が増えている(そのような例は、大半は児童期に児童精神科や発達障害を専門とする小児科医の診断を受けてない)。

目的:
「発達障害的なところがあるが診断してよいか迷うようなグレーゾーン」の患者について、その患者の中の発達障害特性に気づくことで患者理解が進み、その特性に応じた適切な対応が出来ること。

内容:
<特徴>
●発達障害特性は、状況に応じて変化する。
 例)ストレスの強弱によって、イライラやこだわり行動や独り言が強く現れたり見えにくくなったりする。
   「ある職場では発達障害, 別の職場へ行けば定型発達」
●発達障害と定型発達は、その間に明確な境界線を引くことが出来ない。
安藤先生図

<診断>
●発達障害の診断とは、白黒をつけることではなく、患者の行動を予測できるようになることである(灰色診断)。
 その人の発達障害特性はどのようなものであり、生活障害としてどのように現れるかを詳しく把握する。
 それにより、今後本人が遭遇するであろう生活上の困難を予測し、きめ細かい支援を行うことが出来る。
●生活上の具体的なエピソードから発達障害特性を一つずつ同定し、灰色診断を行う。
 発達障害に関する本を2-3冊、本人や家族に読んでもらう。その記載に似たエピソードを話してもらう。

<支援>
●常に周りに相談しながら生きていく人生を提案する。
●全ての人が必要としているのは「解説者」である。
 障害者手帳や障害者就労などの公的支援は、必要がある人もいれば必要がない人もいる。
 発達障害特性を持つ人は、目の前の状況を正しく理解できないことがあるため苦労する。
 同時通訳のように状況を解説してくれる人が必要である。本人に関わる全ての人が解説者になりうる。
●周りに相談できる人になってもらう。
 予後を決めるのは障害の重さではなく、助けてもらうパターンを身につけたかどうか、である。

<その他>
●現在の精神医学体系は、定型発達であることを前提に診断分類を行ってきた。
 発達障害特性を基盤にする事例は、非典型的病像を呈しやすい。
 →統合失調症/うつ病/不安障害などと並列して発達障害があるのではなく、全ての精神疾患のベースに発達障害があると考えたい。

―考察とディスカッション―
 誰もが定型発達と発達障害それぞれの要素を持ち合わせているため、はっきりとした「発達障害」の診断をつけなくても、個々の患者さんの特性を把握しそれに合わせて患者さんと付き合い必要な支援を提供していくとよい、という内容は普段の臨床経験から考えると腑に落ちるものでした。

ディスカッションポイント
 ① 発達障害の特性を持ち合わせている患者さんとの面接について、どのような経験があるか。
 ② ①の際、面接の際に気を付けていることや工夫していることは何か。

【開催日】
 2016年2月3日(水)

DSMの功罪:操作的診断は正しいのか

―文献名―
アラン・V・ホーウィッツ著.それは「うつ」ではない どんな悲しみも「うつ」にされてしまう理由
(原著名:The Loss of Sadness How Psychiatry Transformed Normal Sorrow Into Depressive Disorder).2011年 阪急コミュニケーションズ

―この文献を選んだ背景―
アリセプトの売り上げと認知症患者数の比例、新型うつ病と休職など精神疾患の診断criteriaは時に、社会問題まで発展することがある。私たち家庭医はプライマリケアを担うため、精神疾患と関わることが多いが、大局的に見た精神科業界の流れ、大きな位置付けをしめているDSMについて時に、批判的な視点をもっておくことも必要である。このような事を改めて考える必要を感じ、上記書籍を読んでみた。

―要約―
第一章:うつの概念
1960-1970年代に、同じ患者、同じ症状でも精神科医によって診断にバラツキがあることが問題となり、DSM作成チームは,1980年代から各疾患の明確な定義を確立するために、症状リストを提示することになった。

 DSM-5は、うつ病の症状を9つ挙げ、それを一定数以上満たせばうつ病の診断基準を満たすとしています。うつ病の症状については、次のようになっています。
佐藤先生図
これらのうち、
 ・5つ以上が2週間以上続くこと
 ・1か2のどちらかは必ず認めること
 ・苦痛を感じている事、生活に支障を来していることを満たすと「抑うつエピソード」であると判断され、更に他の疾患を除外している事
  (例えばお薬で誘発されたうつ状態など)
を満たすと、うつ病の診断基準を満たすこととなります。

第二章:正常な悲哀
 正常な悲哀は一時的なものであるとは限らない。夫婦間のごたごた、ストレスの多い仕事、長期にわたる貧困、慢性病などが背景にあれば悲哀も長時間つづく。
 乳幼児は主たる養育者から引き離されると、泣くなど特有の悲哀反応を示す。親密な関係の喪失に対して社会化以前の乳幼児が示す悲哀反応は、人の生得的な本性の一部であり正常な反応と考える。
進化で獲得したメカニズムだとしたら、悲哀は何のためにあるのか?
 ①社会的支援が得られる:うつ反応が助けが必要なことを周囲の人々へ知らせ、社会的支援を引き出すSOSの叫びである。
            絆の喪失後に強い苦痛を伴う悲哀を経験することで、人々は絆の大切さを実感し、結束の維持に努めるようになる。
            遠い祖先の時代には、狩猟などで家族が離れ離れになることがあり、このような環境では、喪失による悲哀は
            社会的な絆を強め、維持する強い動機付けになった。
 ②地位喪失後に身を守る手段となる:敗北や服従という状況に対する適応的な反応として、身を守ることに役立つ。
 ③不毛な努力を断念させる:今までの目標をあきらめて、新しい目標にエネルギーを向けるのは困難な作業だが、今行っている活動を
             中断し、考え込むことで、この作業をよりうまく遂行できる。

第三章:理由の有無という指標-古代から19世紀までのうつの診断史
メランコリー:これといった理由がないのに抑鬱状態になった場合。理由に対して抑うつの度合いが激しい場合。
 問題が解決したのちも鬱がつづくような場合→病的なうつとされていた。症状だけではなかった。

第四章:20世紀のうつ
 1950年代、アメリカでは精神科の治療の中心は重度の患者を扱う州立病院から、比較的軽度な外来患者を扱う精神分析セラピーへシフトした。そのため以前からある重度の障害を定義した統計マニュアルは役立たなくなり、1952年、アメリカ精神医学会は、新マニュアルを作成した(DSM-Ⅰ)
 この反応においては、うつと自己評価の低下によって、不安が軽減され、多少なりとも緩和される。この反応は現在の状況が引き起こしたもので、患者にとっての何らかの喪失が引き金となることが多く、往々にして過去の行為に対する後悔や罪悪感を伴う。このようなケースでは、喪失の現実的な状況だけでなく、喪失したものに対する患者の愛憎入り混じった感情の強さによって反応の強さが変わってくる。抑うつ反応は「反応性うつ」と同義であり、精神病性反応とは区別すべきものである。この区別で考慮すべきポイントは1)患者の生活歴、特に気分が激しく変化したか、人格構造、引き金となるような環境要因があったか。2)悪性の症状(自分は病気ではないかと異常に心配する、興奮、特に身体的な妄想、幻覚、激しい罪悪感、ひどい不眠症、自殺願望、極端な精神運動性の遅滞、深刻な思考の遅滞、麻痺)がないことである。
 うつ状態を意識化に潜む不安から自分を守る手段とみなすだけではなく、罪悪感と愛憎が維持混じる感情がうつの中核にあるという精神分析派の説を採用している。1967年、DSM-Ⅱは「抑うつ神経症」に簡潔な定義を与えている。
 この疾患は、内的な葛藤または愛する対象や大切にしていた所有物を失うなどの出来事による、過剰な抑うつ反応として現れる。これは「退行期うつ病」「躁鬱病」とは区別されるべき疾患である。反応性うつ、または抑うつ反応はこのカテゴリーに含まれる。
この定義は、精神科医がうつの諸症状を知っていることを前提として、その諸症状は列挙せず、病因論を土台としている。
 1970年以降、うつは一つの病気か複数のタイプに分類するべきか調べるために、症状に対する因子分析を統計学的な手法として採用するようになった。また1972年、正確な定義なしに様々な分類が行われる限り、精神医学が科学的な学問分野として認められることは望めないと考える研究チームが現れた→異なる研究グループの結果を比較し、データを蓄積し、統一的な基準を設置することを目指したファイナー基準が作られた。
 診断の信頼性はあがったが、妥当性(診断の有効性)については不確かであった。ではなぜ症状優位の基準へ変化したのか?
 ①1980年代、フロイト派の影響力は低下し、ざまざまな理論の精神医学派が乱立。病因については論じないDSM-Ⅲは多少な考えをもつ臨床家に
  受け入れられた
 ②反精神医学の運動(診断の不一致、幻聴ダミーの入院)が盛りあがり、精神医学の信頼性の回復の必要性
 ③精神疾患に医療保険が適応されるためには、確固とした根拠が必要で、診断基準が特定の病気のみを保険適用とするというものでなければ
  ならない。

第五章:DSM—Ⅳの定義するうつ

第六章:DSMの基準が社会に及ぼした影響
 地域に対しての疫学調査で、臨床家が得るのに相当する診断を得ることが体型的な質問票を使えば可能であるという前提で、一般住民に対して調査が行われた。精神科受診する母集団と有病率が違うという点でも無謀であった。

第七章:悲哀の監視

第八章:DSMとうつの生物学的研究

第九章:抗うつ薬による薬物療法の普及
 費用対効果を重視するマネジドケアは、心理療法より薬物療法を優先する。またマネジドケアは、心理療法よりもSSRIに寛大に医療給付を行う内容になっている。また1997年 FDAが一般向けメディアを通じて直接消費者へ向けた医薬品広告(DTC広告)を認可したためSSRIの使用は拡大。FDAは医薬品広告では、病気の治療に用いるものであることを明確にし、日常的な苦痛を軽減する効用をうたってはならないと定めている。この場合、DSMの定義は、一般人にもわかりやすい病気の定義を示すのにうってつけであった。DSMの定義を採用すれば、ありふれた症状が病気の兆候とされるため人々は合法的に処方箋を手に入れられるし、製薬会社は合法的に一般人向けに製品を宣伝できるのだ。また製薬会社がDTCに投ずる予算は年間20億ドルにもなる。しかし製薬業界は患者と家族の支援団体に多額の寄付を行ったり、うつ病の臨床研究にも巨額な助成金を提供。また全米うつ啓発デーなど教育キャンペーンを大々的に展開し、うつのスクリー二ングを無料で行う自動音声電話やホームページを開設している。https://www.youtube.com/watch?v=pB6_6DlXFoQ(ジェイゾロフト1分間広告例)
→著者の意見:正常な悲哀までうつと診断し、SSRIを処方しているのは行き過ぎでは?
 反対派:出産に伴う正常な陣痛をなくすために麻酔薬を使う無痛分娩に反対する人はほとんどいない。同様にSSRIの服用で感情を制御でき、
     自信をもつことができ、精神的な苦痛が和らぐなら病気でなくても処方すべきでは?
 その反対派:孤独で耐え難い悲哀の場に一定期間とどまることが人の自然な姿であり、その悲哀の場につきものの苦痛を薬で
       軽減してもいいのかという思い。

第十章:社会科学の役割

第十一章:結び
 精神科臨床医によって、症状に基づく基準のメリットは、保険に適用されない可能性のある幅広い患者の治療費が、保険会社から償還されることである。保険会社は疾患の治療費は払うが、生活上の悩みには保険は適応されない。またDSMの診断基準で恩恵をうける最も堅調な利害関係者は、正常な悲哀がうつ病と診断されることで巨額の利益をえる製薬会社であろう。ただ最後に、悲哀を病気と定義することで、恩恵をうけるものとして、苦痛を感じている人々なのかもしれない。心理的な苦痛を治療可能な病気と解釈すれば、抵抗なく医師へ助けを求めることができ、つらい感情をコントロールできる。また病気の犠牲者という自己定義をすれば、自分の抱える問題を社会的に容認される形で説明でき、そうした問題に対する責任をある程度免れることができるため、人々はそうした自己定義を進んで受け入れることもあるかもしれない。

―考察とディスカッション―
 各国のコンテクストの中で、DSMのようなスタンダートが作られたという流れは興味深かった。精神科では上記の内容はもしかしたら常識で、みなさん注意して使っているのかもしれないが、プライマリケアで他分野(だいたいはそう)から輸入して使用する際には、その分野のコンテクストなども把握しないと、製薬会社中心の情報では注意が必要だと改めて認識をし直した( DSMの定義の変遷など興味深い)。
  1) DSMをどのように普段の臨床で位置付けていましたか?
  2) 正常な深い悲哀は見直されるべき意義があるのか、それとも不都合なものとして私たちの生活から排除されるべきなのか
  3) DTC(Direct to consumer)広告について、GERD、リリカ、アリセプトなど患者さんが外来で話をする際に、
    どのように対応をしているか、何か気をつけている点など

【開催日】
 2015年11月4日(水)

プライマリ・ケアにおける抗うつ薬の効果と耐用性のシステマティック・レビュー

―文献名―
Klaus Linde: Efficacy and Acceptability of Pharmacological Treatments for Depressive Disorders in Primary Care: Systematic Review and Network Meta-Analysis.Annals of Family Medicine  2015 vol. 13 no. 1 69-79

―要約―
目的:
 この研究の目的は、プライマリ・ケアのセッティングにおいて、どの抗うつ薬がプラセボと比較してより効果的なのかを調査し、抗うつ薬の種類によってその効果と耐用性の違いがあるのかを究明することである。

方法:
 私たちは2013年12月までに発表されたMEDLINE, Embase, Cochrane Central of Controlled Trials (CENTRAL), PsycINFOの文献を調査し、プライマリ・ケア医による成人のうつ病治療の無作為試験についてレビューを行った。直接的、あるいは間接的なエビデンスを結合しながら、従来のpairwiseメタ分析と、ネットワークメタ分析の両方を実施した。一次アウトカムは治療への反応(うつ病スケールで50%以上の改善、あるいは症状のスケールでの改善)と、副作用による研究の中断とした。

結果:
 計66個の研究(15161人)がinclusionされた(Figure 1)。ネットワークメタ分析では、TCAs、SSRIs、SNRI(セロトニン-ノルアドレナリン再取込阻害薬)、SARI(低用量セロトニンアゴニスト+再取込阻害薬=トラゾドン、レスリン®)、オトギリソウ抽出物(セント・ジョーンズ・ワート)がプラセボと比較して有意な効果があることが分かった(Table 3)(odds ratio 1.69~2.03)。これらの薬剤間での統計上の差異は見出せなかった。rMAO-As(モノアミン酸化酵素阻害薬)とオトギリソウ抽出物は、副作用による中断という点では、TCAs、SSRIs、SNRI、NRI(ノルアドレナリン再取込阻害薬)、NaSSAs(ノルアドレナリン作動性-特異的セロトニン作動制約)に比べて中断は少なかった(Table 4)。

結論:
 TCAsとSSRIsは他の薬剤に比べて、プライマリ・ケアのセッティングでの効果という点で確固たるエビデンスがある。しかし、プラセボと比較した効果の大きさでは比較的小さい。他の薬剤(オトギリソウ抽出物、rMAO-As、SNRI、NRI、NaSSAs、SARI)はいくつか良好な結果があるものの、それらを明確に推奨するには最近のエビデンスでは限界がある。
 限界として、出版バイアス、ネットワークアナリシスによる限界、プライマリ・ケアのセッティングでの文献が少ないこと、効果判定が平均6週間であることから、プライマリ・ケアのセッティングにおける長期的な効果と耐用性については今後さらなる研究が必要。

【開催日】
2015年3月4日(水)

診察での抵抗、両価性、葛藤への対応

序章
 私たちセラピストやクライエントがセラピーの成功を妨げる、通常は抵抗と考えられている者の価値に気付くことが基本にある。セラピーにおける葛藤、両価性、抵抗、そして様々な「雑草」に対処する態度はひとつの芸術となり得る。他のアプローチに無反応であったり抵抗したりする人に対してインクルーシブセラピーは有効で、特に「境界性人格障害」と診断された人に対して有効である。
 1990年代に多くのセラピストが解決志向アプローチに変更した後、クライエントの多くは恩恵を得るものの、何人かはこの技法にイライラし、セッションが進むにつれて離れていく経験をした。セラピストは何が役に立ったか、何が上手くいったかを尋ね続けることで憤慨させたり、不快にさせたりすることに対して無頓着で、この現象を「解決強制」と名付けて専門誌に発表された。
 物事を変化させようと可能性に踏み込むときでも、私たちは痛みや苦しみに直面しなければならない。複雑なことに直面する最もよいスタンスは、問題を承認すること、そして同時に変化への可能性を認めることである。

3Dイメージとインクルーシブセルフ
ピアジェによれば、初め乳児は他人を含む世界と自分自身を区別していない。社会適応が進む過程で、私たちは他人と自分自身を区別し始める。徐々に、生の体験からアイデンティティの感覚を構成し始める。そしてたいてい私たちは、自分で構成するアイデンティティのストーリーのなかに生の体験の多くを包含するが、すべてを包含するわけではなく、体験のいくらかの側面は、主たるストーリーにあわないため除外される。また、私たちが恥じているために除外される側面や、何らかのトラウマに対する反応として分離される部分もある。このプロセスを「3Dモデル」と呼び、私たちが分離したり(dissociate)、自分のものではないとしたり(disown)、価値をさげたり(disvalue)すること。私たちは自分のある側面しか同一視せず、残りは同一視から除外されるのです。
―文献名―
ビル・オハンロン著・宮田敬一訳:インクルーシブセラピー 敬意に満ちた態度でクライエントの抵抗を解消する26の方法,2007

―要約―
序章
 私たちセラピストやクライエントがセラピーの成功を妨げる、通常は抵抗と考えられている者の価値に気付くことが基本にある。セラピーにおける葛藤、両価性、抵抗、そして様々な「雑草」に対処する態度はひとつの芸術となり得る。他のアプローチに無反応であったり抵抗したりする人に対してインクルーシブセラピーは有効で、特に「境界性人格障害」と診断された人に対して有効である。
 1990年代に多くのセラピストが解決志向アプローチに変更した後、クライエントの多くは恩恵を得るものの、何人かはこの技法にイライラし、セッションが進むにつれて離れていく経験をした。セラピストは何が役に立ったか、何が上手くいったかを尋ね続けることで憤慨させたり、不快にさせたりすることに対して無頓着で、この現象を「解決強制」と名付けて専門誌に発表された。
 物事を変化させようと可能性に踏み込むときでも、私たちは痛みや苦しみに直面しなければならない。複雑なことに直面する最もよいスタンスは、問題を承認すること、そして同時に変化への可能性を認めることである。

3Dイメージとインクルーシブセルフ
ピアジェによれば、初め乳児は他人を含む世界と自分自身を区別していない。社会適応が進む過程で、私たちは他人と自分自身を区別し始める。徐々に、生の体験からアイデンティティの感覚を構成し始める。そしてたいてい私たちは、自分で構成するアイデンティティのストーリーのなかに生の体験の多くを包含するが、すべてを包含するわけではなく、体験のいくらかの側面は、主たるストーリーにあわないため除外される。また、私たちが恥じているために除外される側面や、何らかのトラウマに対する反応として分離される部分もある。このプロセスを「3Dモデル」と呼び、私たちが分離したり(dissociate)、自分のものではないとしたり(disown)、価値をさげたり(disvalue)すること。私たちは自分のある側面しか同一視せず、残りは同一視から除外されるのです。
 そこで、初めは360度あった自己が、例えば267度の自己になってしまうが、そのストーリーの周囲には常に本来の生の体験の材料があり、そこには私たちがまだ発展させていない潜在力が含まれている。これを「インクルーシブセルフ」と呼ぶ。(図:イングル―ジブセルフ 表示)
 このインクルーシブセルフは、私たちがインクルーシブセラピーを用いるときに、豊饒さを引き出す源泉となる。その人が体験の中で、分離したり、価値を下げたり、自分のものでないとしているいかなるものに対しても、招待し、許しを与え、含んでいくことで、インクルーシブセルフを扱うようデザインされている。

インクルーシブセラピーの3つの基礎的方法
1.クライエントの体験などへの許可やそうしなくてもよいという許可を与える。(許可法)
2.一見正反対や矛盾に見えるものが葛藤なく共存する可能性を示す。
3.過去にそうだった、現在そうである、将来そうなるだろうと話すときに、正反対の可能性も考慮に入れる。
 26の方法はこれら3つから応用的な方法やテクニックを選び出したもの。
許可法
許容は、インクルーシブセラピーの最初の基礎的な方法で、ほとんどのセラピストはおそらくすでにこの方法を用いている。なぜなら感じてはならない感情や考えてはならない考えやしてはならない行動のために行き詰まり、セラピーにやってくるのだから。
1.1 許可を与える
クライエントが持つかもしれない、ありとあらゆる体験や感情や思考や空想に対して許可を与えてください。感覚、不随意的な思考、感情、イメージなどの無意識な体験は大丈夫だと、クライエントに知らせてください。もちろん、それらと「計画」および「行動」(すべてが大丈夫とは限らない)との区別には常に注意する。
用例
クライエント : 私は時々、夫と子供から逃げ出すことを空想するんですよ。
セラピスト : 他の女性たちが同じことを言うのを聞いたことがありますよ。そういった場合、結婚生活や家庭生活のいくつかの局面と失望を結び付けすぎることからくることが多いんですが。それがあなたにもあてはまるかどうかはわかりませんが、しかしそのような考えをもつのはいいと思います。もちろん離別を「企てる」ことと実際にそうすることは、全く別物ですよ。

【開催日】
2015年1月21日(水)

とらわれた過去から開放させるには、どのようにアプローチしたらよいのか?

―文献名―
ビル・オハンロン著・前田泰宏監訳.可能性のある未来につながる新しい4つのアプローチ トラウマ解消のクイック・ステップ,2013

―要約―
イントロダクション
トラウマを扱っている書籍の多くは、人に与えられたダメージに焦点を置いている。そして、こういった「ダメージを受けた」人々は長くて困難な回復への道のりに直面するよう導かれる。こういった伝統的なアプローチはしばしば治療に何年も要する。

近年の脳の可塑性に関する研究で、脳は生涯を通じて変化し、進化し続けることが示された。これは年齢がたっても脳は変化し適応するということであり、脳は継続的に繰り返されるパターンに適応し、ついにはそれを規範として受け入れるということを示している。これはトラウマ治療においてよい面でもあり悪い面でもある。つまり、トラウマ治療により症状が改善される可能性を示している一方で、治療のために何度も何度もトラウマに注意を向ければ、脳の回路のなかにより深くトラウマを焼き付けることになるかもしれないという可能性を示唆しているのである。

トラウマと治療に関する神話と誤認
『神話1:トラウマを経験した人は皆、PTSDを発症する』
アメリカにおいて60.7%の男性と51.2%の女性がDSM-Ⅳの項目を満たす外傷的な出来事を少なくとも1回は経験しているが、PTSDの一般的な生涯有病率は7.8%だった(Breslau.1998)
『神話2:PTSDを発症した人はセラピーでのみそれを解消できる』
PTSDの発症後、最初の12ヶ月で症状が大きく改善していき、その後の6年間ではゆるやかに改善していく。治療した人としなかった人を比較した場合には、治療をした群ではPTSDの罹患期間が約半分になった(Kessler et al.,1995))
『神話3:トラウマを追体験させて、それを同化させるような援助を行う、長期の除反応セラピーが最も効果的なアプローチである』
研究ではある一つのアプローチがすべての人に対して役に立つという考えは支持されていない。今回のアプローチ方法がその一つである。
『神話4:トラウマはネガティブな結果しかもたらさない』
DSM-Ⅳの診断基準に合致する外傷的な出来事の結果として、成長体験の報告の方が精神障害の報告の数よりもはるかに多く、また外傷的な出来事を体験していた人のほうが体験しなかった人よりもポジティブな変化を報告していた(Tedeschi & Calhoum,2004)

4つのアプローチ
① インクルーシブセラピー(Inclusive interventions)

我々は皆、可能性に満ちた未分化な状態で人生を始め、さまざまな経験から自分自身の中で「正しいもの」「正しくないもの」を区別し、「正しいもの」を取り入れ(例:『~であるべき』)、他者と自分を区別していき「統合された自己」(アイデンティティーの形成)に至る。そのプロセスの中で、トラウマ体験をすると自分自身の諸問題やそういったトラブルを体験した部分(感情、記憶、感覚等)を分離していくことがある(悲しみを感じない、など)。しばらくはそれで問題ないのだが、社会に出た際その分離された部分が突然戻ってくることがある(例:フラッシュバック、悲しみを感じない人が突然涙がとまらなくなる形等)。そもそも分離された部分は自分自身であるため、「~であるべき」「~しなければならない」などの制限的、強制的になっている部分を承認し、包含していくアプローチが必要となる。

② 未来による牽引(Future pull)
大抵のトラウマ治療は人々を過去に向かわせる。つまり失われた体験を取り戻すために以前に戻り、それを追体験することでトラウマを解消しようとするが、人はポジティブな未来と自分の中の変化に関する青写真をすでに持っている。そのため、過去を未来に方向転換させたり、望んでいない現状を望ましい未来に言い換える(例:今までは~だったんですね、本当は~を望んでいるんですね)。

③ パターンチェンジ(Pattern changing / breaking)
トラウマ体験後の問題の顕著な特徴の1つとして「体験や行動の繰り返し」がある。トラウマ体験後の経験の何らかの規則性を見つけ、小さなパターンの変化を起こす(例:ストレスが溜まったら紙に書く、リストカットしたくなったら人形を傷つける等)

④ 再結合(Reconnecting interventions)
大抵の外傷後の問題の中心的な鍵となる特徴の1つは、解離と断絶である。トラウマのサバイバーは自分自身の感覚全般から解離することが知られている。つまり、彼らは出来事が起こっているということを頭では理解しているが、防衛反応としてそういった出来事を直接的に深く体験したり、あるいは感じたりするということができない(例:離人症)。そのため、個人やコミュニティ、自然やアートなどと再び結びつけることが有効である。
地震の期間中に誰かと一緒にいることがPTSDの防止となる(Armenian, H. At.2000)
PTSDの患者の中で、集団的治療をした人たちは、個人で治療した人たち(31.3%)よりも有意に高い率で回復した(88.3%)。

【開催日】
2014年12月10日(水)