社会の精神医学化に対する応答としての対話?オープンダイアローグアプローチの可能性

-文献名-
von Peter, Sebastian et al.
“Dialogue as a Response to the Psychiatrization of Society? Potentials of the Open Dialogue Approach.”
Frontiers in sociology vol. 6 806437. 22 Dec. 2021

-要約-
この論文では、心理社会的ケアと精神科ケアシステムの利用が世界的に増加している現状に対し、「精神医学化」の概念を提示し、その解決策として「オープンダイアローグ(OD)」アプローチの可能性を探っています。
• 精神医学化とは:
・ 精神医学的概念や治療形態が社会に普及する現象。
・ 診断カテゴリーの拡大、向精神薬の使用増加、人生の課題の病理化などが含まれる。
• オープンダイアローグ(OD)とは:
・ 心理社会的危機に対する多職種による継続的かつ、ニーズと外来患者中心のモデル。
・ サービス利用者とその社会的環境を巻き込んだネットワークミーティングを重視。
・ フィンランドで開発され、30カ国以上で適用されている。
• ODの脱精神医学化の可能性:
・ 神経遮断薬の使用を制限する。
・ 精神疾患の発生率を低下させる。
・ 精神科サービスの利用を減少させる。
• ODの具体的な要素:
・ 日常用語と非精神医学的な言語の使用。
・ 参加者間での意味形成の重視。
・ 専門家は対話の促進者としての役割を担う。
・ 関係者全員が参加するネットワーク会議。
• ODの構造的側面:
・ 地域の医療構造の再構築を伴う。
・ 外来およびアウトリーチ治療の優先。
・ 精神薬理学的アプローチを軽減または不要にする。
• ODの課題と限界:
・ 精神医学的影響からの完全な脱却は不可能。
・ 形式化、普遍化による本来の「オープン」な状態が損なわれる危険性。
・ ODは万能薬ではない。
• 結論:
・ ODは脱精神医学化の可能性を持つが、実施方法やケアの文脈に大きく依存する。
・ ODの導入は、メンタルヘルスケアシステムに必要な変化をもたらす一つの要素である。

論文のポイント
• 精神医学的ケアの現状に対する問題提起と、新たなアプローチの提案。
• 「対話」を通じた心理社会的ケアの可能性の探求。
• 「精神医学化」という現代社会における重要なテーマへの考察。
この論文は、精神医学的ケアに関わる専門家だけでなく、社会におけるメンタルヘルスのあり方に関心を持つ人々にとっても有益な情報を提供しています。

 過去数十年にわたり、心理社会的ケアおよび精神科ケアシステムの利用は世界中で増加しています。最近の論文では、精神医学的概念や治療形態の普及の原因となっている複数のプロセスを説明する枠組みとして、精神医学化の概念が提案されています。
 この記事の目的は、精神医学化の程度が低い心理社会的サポートに取り組むためのオープンダイアログ(OD)アプローチの可能性を探ることです。
 本論文では、ODは脱精神医学化の包括的な解決策ではないかもしれませんが、ODには「1)神経遮断薬の使用を制限する、2)精神衛生上の問題の発生率を減らす、3)精神科サービスの利用を減らす」可能性があることを示す以前の研究を参照しています。ODの内部論理、言語の使用、意味形成のプロセス、専門職の概念、対話の促進、およびODの構造的設定方法を探ることで、心理社会的サポートを脱精神医学化する可能性を実証しています。結論では、OD アプローチの吸収、形式化、普遍化の危険性に触れ、心理社会的危機に対処するには、より社会的で素人の能力が必要であることを強調しています。

<イントロダクション>
近年、精神障害の発生率や有病率は比較的安定しているにもかかわらず、心理社会的ケアと精神科ケアシステムの利用は世界的に増加しています。この現象の背景には、「精神医学化」という概念が存在します。精神医学化とは、精神医学的概念や治療形態が社会に普及する過程を指し、政治や精神医学の主体だけでなく、一般市民や利用者によっても促進されます。その結果、診断カテゴリーの拡大、向精神薬の使用増加、人生の課題の病理化など、さまざまな社会的悪影響が生じる可能性があります。

このような状況下で、精神医学化の進行を抑制するために、本論文では「オープンダイアローグ(OD)」というアプローチに焦点を当てています。ODは、心理社会的危機に対して、多職種が連携し、利用者中心のケアを提供するモデルであり、フィンランドで開発され、世界30カ国以上で導入されています。ODの最大の特徴は、利用者とその社会的ネットワークが治療プロセス全体に積極的に参加し、共同で治療計画を立てていく点です。ネットワークミーティングを通じて、危機に対する相互理解を深め、ネットワークの創造性とリソースを活用し、今後の行動方針を決定します。必要に応じて、個人心理療法、投薬、看護、ソーシャルワークなどの追加治療要素も統合されます。

フィンランドでは、ODはヘルプシステム全体の再編成と密接に連携しており、危機的状況への即時支援、ソーシャルネットワークの積極的な関与、柔軟で機動的な対応、治療チームによる継続的なサポート、心理的継続性の確保などを原則としています。これらの原則に基づき、ODはクライアントに多くの利益をもたらし、現代の人権観にも合致するモデルとして、世界中で注目されています。

本論文では、精神医学的負担の少ない支援方法として、ODアプローチの可能性を探求します。精神医学化が一方通行ではないことを踏まえ、ODがすでに進行した精神医学化を逆転させ、または未然に防ぐ可能性について議論します。特に、ODが精神医学に起源を持つサービスであり、著者らがODを提供する立場であることから、トップダウンの脱精神医学化プロセスに焦点を当てています。

<ODの効果>
オープンダイアローグ(OD)は、フィンランドの西ラップランド地方で開発され、初発精神病患者を対象とした5つのコホート研究でその効果が検証されてきました。現在では、英国で大規模なランダム化比較試験(ODDESSI試験)も実施されています。これらの研究から、ODは入院期間の短縮、再発率の低下、就労・就学への復帰率の向上、神経遮断薬の使用量の減少など、多くの点で有望な結果を示しています。

具体的には、参加者の最大84%が仕事や教育に復帰し、神経遮断薬の使用は介入当初から介入期間中にかけて大幅に減少しました。また、精神病エピソードの短縮化、残存症状の減少、精神科サービスの利用頻度の低下、障害手当の受給者数の減少なども報告されています。これらの結果は、1992年から2005年までのコホート全体を通して安定しており、時間の経過とともに改善する傾向さえ見られました。

これらの研究結果は、薬物療法に依存し、社会経済的コストの高い従来の精神病治療とは対照的です。ODは、神経遮断薬の使用を制限し、精神疾患の発生率を低下させ、診断カテゴリーの使用を抑制し、精神科医療サービスの利用を全体的に減少させるなど、精神医学的概念や精神科治療サービスの拡大を抑制する可能性を示唆しています。

ただし、これらの成果はフィンランドの特定の地域における包括的な構造変化があって初めて達成されたものであり、同様の構造変化なしにODがどこまで脱精神医学化に貢献できるかは不明です。したがって、ODの脱精神医学化の可能性が、どのような方法や治療要素によってもたらされるのかを解明することが今後の課題となります。

<ODの5つの潜在的に決定的な要素>
1 言語の使用

オープンダイアローグ(OD)におけるネットワークミーティングの主な目的は、参加者間の多角的な対話を促進することであり、そのために特定の言語の使用を重視します。具体的には、日常用語や非精神医学的な言葉を用いることで、参加者全員が理解しやすく、自分の言葉で語れる場を提供します。

ファシリテーターは、あらかじめ決められた議題や診断的な質問に固執せず、参加者の言葉や話に注意深く耳を傾け、重要な表現やテーマを拾い上げ、それを繰り返したり、さらに展開させたりすることで、対話を促進します。また、沈黙を許容し、キーワードに注目することで、参加者間のコミュニケーションの中心となる主観的な概念を明確にし、今後の行動指針を共に考えることができます。

ODでは、医学的な専門用語や精神医学的な分類を用いるのではなく、個々の意味を詳細に掘り下げ、それぞれの物語を共有し、日常生活に根ざした言葉を使用することに重点を置いています。行動や相互作用は、診断名で説明されるのではなく、ストレスの多い状況への適応や、参加者の人生経験として理解されます。これにより、参加者間の相互理解が深まり、協力して解決策を見出すことが可能になります。

精神医学的な言葉の解釈権を解体することは、ODの重要な要素であり、脱精神医学化の可能性を高める上で不可欠です。参加者は、精神医学的な言語や概念に縛られることなく、自分たちの状況を独自の言葉で説明し、解決策を見つけることができます。これは、参加者が自らの経験に対する専門知識を獲得することを意味します。

脱精神医学化の観点から見ると、ODは個々の言語を尊重し、危機を理解し対処するためのツールとして活用することで、長期的に参加者の日常生活に根ざした言葉を育みます。また、ODは危機に関連する多様な言語を育み、参加者の多層的な現実に適応することで、自己エンパワーメントを促進します。

2 意味形成のプロセス
オープンダイアローグ(OD)は、フィンランドで1960年代から1980年代にかけて、統合失調症プロジェクトの一環として開発されたニーズ適応型治療法を起源としています。家族療法、ネットワーク療法、精神分析の概念を統合したこの治療法は、参加者がネットワークミーティングを通じて危機の新たな意味を共同で見出すことを重視します。危機は、精神病理や神経生物学的要因ではなく、困難な人生経験への自然な反応として理解され、文脈的な視点から解釈されます。

ネットワークミーティングでは、参加者の言葉に注意深く耳を傾け、意味のある説明を共に探求します。行動を「間違い」や「狂気」として捉えるのではなく、参加者とチームが対話を通じて徐々に意味のある物語を形成し、言葉にできない経験やジレンマを理解しようとします。急性期には、完全な物語よりもキーワードの探求が重要となる場合があり、共通理解を深め、新たな行動の可能性を生み出します。

ODの実践者は、外的ポリフォニー(多様な視点の尊重)と内的ポリフォニー(内なる声の認識)を通じて意味生成を支援します。OD会議は、専門家と一般人の両方が知識、意味、経験、感情を共有し、脱精神医学化を促進する場となります。

参加者の中には、危機を生物学的または医学的問題として捉える人もいますが、ODはこれらの視点も尊重しつつ、対話を通じて他の解釈を模索します。医学的視点に固執する背景には、過去の心理社会的システムとの接触経験がある場合があり、ODはこれらのボトムアップの精神医学化プロセスに疑問を投げかけ、再検討する機会を提供します。

3 プロフェッショナリズムの概念
オープンダイアローグ(OD)における非精神医学的言語の使用、対話の促進、対話的な態度は、ODに携わる人々の役割を大きく変化させ、職業的アイデンティティにも影響を与えます。特に精神科医は、ネットワークミーティングを効果的に進めるために、どのような専門知識、能力、知識体系が必要かを再考する必要があります。ODコミュニティでは、このテーマが繰り返し議論されています。

ODの中心的な専門性は、メンタルヘルス従事者による知識の伝達ではなく、対話と視点の平等な交換を促進する能力にあります。治療方針や問題の定義は、専門家から一方的に与えられるのではなく、ネットワークミーティングでの参加者間の対話から生まれます。参加者は、話し合いの内容、サポートの焦点、頻度、必要性を決定できます。専門家は、これらの決定に対して暫定的な助言を提供することはありますが、主な役割は対話プロセスを促進し、調整することです。また、治療プロセス全体を通してスタッフの継続性を保ち、参加者のニーズに柔軟かつ機動的に対応します。

ネットワークミーティングの実践者は、必要に応じて個人的な経験や専門的な知識を共有しますが、それは内省的かつ個人的な視点から行われます。専門知識を提供する場合は、参加者からの要望があり、多様な視点の一つとして位置付けられる場合がほとんどです。さらに、実践者はネットワークミーティングのプロセスを振り返り、参加者の前で専門家同士がリフレクティング(内省的な話し合い)を行います。このリフレクティングは、専門知識を共有する効果的な方法であり、医学的な説明よりも受け入れられやすい傾向があります。実践者は、医療用語で議論を支配するのではなく、質問を通じて参加者の思考を促し、自身の経験や知識を提供します。つまり、ネットワークに関する知識と専門性は参加者自身にあり、実践者は対話を促進することで貢献するのです。

ODでは、参加者一人ひとりが独自の視点を持っていることを前提とし、実践者は「知らない」という立場を取ります。参加者の経験や理解は容易に理解できるものではなく、オープンな質問と交換を通して明らかにされます。視点や問題が完全に理解されることはないため、性急な解決策や決定は避けるべきです。特に危機的な状況では、不確実性への寛容さが重要となります。ファシリテーターは、開かれた心で情報交換を促進し、新たな視点や危機の説明が生まれる場を提供します。

透明で開かれたコミュニケーション(考えや感情を共有すること)は、ODの実践における重要な原則です。トラウマ体験や無力感が心理社会的危機の発症に深く関わるため、実践者の透明性は安心感と安全性を育みます。ODの専門性には、スタッフが誠実であり、恐れ、希望、不安をオープンに共有することが求められます。実践者は、危機的な状況から距離を置くのではなく、その中に共にいます。ネットワークミーティングは参加者の自宅で行われることが多いため、実践者はゲストとして状況に適応し、状況に応じた支援を提供します。

ODアプローチは、専門職の概念を再定義します。ネットワークミーティングにおいて、専門家は感情を持つ人間として参加し、誤りを犯す可能性や不確実性を受け入れます。知識や経験は提供できますが、具体的な解決策は参加者自身が見つける必要があります。脱精神医学化の観点から見ると、ODは精神医学の専門家を、疾患や障害の専門家ではなく、対話を促進する専門家として再構築します。これにより、精神医学化が他の生活領域に拡大することを防ぐ効果も期待できます。

4 対話の促進
オープンダイアローグ(OD)では、参加者間の対話的な交流を促進するために、専門家間でのミーティング内容の検討、関係性に関する質問、参加者の平等な発言機会の確保など、様々な実践が行われます。

ネットワークミーティングは常にチームで実施され、専門家間でのオープンな検討や交流(リフレクティング)が参加者の面前で行われます。専門家は、現在の出会いを重視し、自身も対話の一部であることを認識します。過去の症例や症状の詳細よりも、ミーティングの「今ここ」で起こっていることを重視し、参加者間の実際のやり取りから新たな意味や解決策を生み出すことを目指します。

ODは、参加者の広範なネットワークを積極的に巻き込む点で、従来の精神科診療とは大きく異なります。初回ミーティング前に、参加者は危機に影響を与える可能性のある人物や参加すべき人物を尋ねられます。ネットワークには、家族、友人、支援者などが含まれ、多様な背景を持つ人々が参加することで、様々な知識や経験が交流されます。

暴力、権力関係、不平等、孤立などの社会的な問題も議論の対象となり、ODが社会的な視点だけでなく、ミクロ政治的な視点も重視していることが示されます。危機は特定の場所に限定されず、精神科の境界も固定されていません。ODは、異なる世界を結びつけ、参加者の現実を変えることを目指します。

危機支援の焦点を外部の専門家から参加者との共同対話に移すことで、精神医学的評価が参加者の現実から乖離するリスクを減らします。対話の促進は、精神医学的評価におけるトップダウンの精神医学化プロセスを防ぐ効果があります。

5 ODの構造的側面
オープンダイアローグ(OD)の構造的側面は、日常診療やメンタルヘルスケア全体におけるその実施方法を指します。ODはマニュアル化された心理療法ではなく、ネットワークのニーズに応じて柔軟に適用される一連の原則に基づいています。その中核は「オープン性」であり、従来のトップダウン型精神医学的アプローチとは対照的に、真にニーズに適応したケアを提供します。

フィンランドでは、ODの導入に伴い、地域の医療構造が大幅に再構築されました。病床数と入院施設の削減、外来・アウトリーチ治療の優先化が進められ、ミーティングは参加者の生活環境(自宅、学校、職場など)で行われるようになりました。この点で、ODはFACTやACTチームなど、他の統合ケアアプローチと共通点があります。

ODの重要な目標の一つは、精神病危機における精神薬理学的アプローチへの依存を軽減または排除することです。神経遮断薬の必要性を削減できたかどうかは、重要な評価指標でした。この焦点は、ODが心理社会的危機に対する非医療的な対応を重視していることを示しています。ODは、精神科サービスの脱医療化を促進し、脱精神医学化の中核目標を達成するためのツールと見なすことができます。

ネットワークミーティングを中心とし、危機を文脈的に理解することで、ODは体系的な治療法として機能します。心理社会的危機、その責任、解決策は、関係者間で共有されます。ODは、従来の個人中心の精神医学的アプローチとは異なり、より広範な社会的ネットワークを背景とした理解を促進します。危機を理解し、管理し、克服する責任は、個人だけでなく社会全体に帰属します。参加者全員が解決策を見つけるために協力し、権限を与えられていると感じるべきです。

ただし、これらの構造的側面が機能するかどうかは、ケアの状況に大きく依存します。多くの国では、精神ケアシステムが断片化され、個人支援に特化しているため、ODの原則を十分に実施することが困難です。継続的かつ体系的なサポートが不足しています。しかし、ODがフィンランドのように完全に実施されれば、これらの構造的側面は脱精神医学化の可能性を大きく高めるでしょう。

<悪魔の弁護人>
オープンダイアローグ(OD)は、心理社会的危機に対する万能な解決策ではなく、精神医学的影響から完全に逃れることもできません。ODは精神医学の専門家によって発展してきたため、その起源、方向性、概念は精神医学と密接に関連しています。

ODには、アウトリーチアプローチによる精神医学的リスクがあります。アウトリーチ治療は利点がある一方で、心理社会的サポートを参加者の生活環境に移すことは、精神医学的概念を日常生活に浸透させ、精神医学の役割を強化する可能性があります。

また、ODは心理社会的危機のケアに組織的な対応が必要であるという前提に基づいています。社会全体で危機に対処するのではなく、専門家による組織的な対応に依存することは、対応の選択肢を限定する可能性があります。

さらに、ODは医療精神医学の枠組み内で実施されることが多く、専門的な認定や法的規制、ケアシステムの組織条件などがODの実施方法に影響を与えます。

国際的にODを提供する施設のスタッフは、ほとんどが精神科専門職であり、精神科施設で社会化され、キャリア後半にODのトレーニングを受けることが多いです。ピアサポートオープンダイアローグ(POD)の開発は、ODの民主的で非階層的な方向性を促進する可能性がありますが、ピアエキスパートの参画は、精神科治療のルーチンや役割との整合性に関する疑問も提起します。

これらの点から、ODも精神医学化の影響から免れることはできません。精神医学化は社会全体の発展であり、ODが既存のメンタルヘルスケアシステム内で実施される限り、脱精神医学的な対応には限界があります。

ODは主に公衆メンタルヘルスサービスで採用されていますが、一部の独立した協会では精神医学的ケアの枠外で提供されています。しかし、これらのプロジェクトは例外であり、資金基盤がなければ存続が困難です。

<結論>
この論文では、オープンダイアローグ(OD)アプローチが心理社会的危機への支援において、脱精神医学化にどの程度貢献できるかを評価することを目的としています。ODは精神医学の言説と実践に起源を持ち、多くのケースでその枠組み内で実施されていますが、脱精神医学化の可能性を秘めていることが過去のコホート研究からも示唆されています。また、ODアプローチの理論的根拠、言語の使用方法、スタッフの役割、そして精神保健医療システム内での構造的な位置づけからも、その可能性を説明することができます。

しかし、ODの提供方法と利用者の体験は大きく異なる可能性があり、著者らは専門家、実践者、研究者としての立場からトップダウンの視点しか提供できません。したがって、ODが社会全体の脱精神医学的変化を促すかどうかを判断することは困難です。この点については、学際的な研究や経験的データが必要となります。

また、フィンランドにおけるODの効果は、当時の社会状況と密接に関連している可能性があります。過去数十年の間に精神医学は神経生物学的モデルを重視するようになり、関連分野や社会全体も変化しました。そのため、現在の状況下でODが同様の脱精神医学化の効果を発揮できるかは不明です。

さらに、ODが精神医学的治療システムを覆い隠すための手段として利用される危険性も指摘されています。特に、民主的で人権に基づいた支援システムへの要望が高まる一方で、従来の慣習を変える意欲が低い場合には、ODの開放性が独自のイデオロギーによって占有されてしまう可能性があります。したがって、ODの脱精神医学的効果は自明ではなく、実施方法やケアの文脈に大きく左右されます。

ODコミュニティ内では、その正式化や実施の忠実性について議論が続いています。一部の研究では標準化への抵抗が見られる一方で、組織の忠実性を評価する尺度の開発も進んでいます。これらの尺度はODの重要な側面を適切に評価できますが、詳細な記述はニーズに適応した開放性を制限し、解決策を厳密に規定してしまう可能性があります。

最後に、ODは万能薬ではなく、あらゆる心理社会的危機に対応できるわけではありません。過度な理想化や宣伝は、利用者や関係者に誤った希望や期待を抱かせる可能性があります。国際的な研究を通じて、ODがどのような条件で、どのように適用されるべきかを明らかにすることが重要です。ODは、メンタルヘルスケアシステムに必要な変化をもたらすための一つの要素として捉えるべきでしょう。

【開催日】2025年3月12日

睡眠の健康と慢性疾患

※この時期のUpToDateにある”What’s new in family medicine”のTopicで参考にされている文献です。

-文献名-
Zheng NS, Annis J, Master H, Han L, Gleichauf K, Ching JH, Nasser M, Coleman P, Desine S, Ruderfer DM, Hernandez J, Schneider LD, Brittain EL. Sleep patterns and risk of chronic disease as measured by long-term monitoring with commercial wearable devices in the All of Us Research Program. Nat Med. 2024;30(9):2648. Epub 2024 Jul 19.

-要約-
Introduction
睡眠の健康は、全死亡率や、精神疾患や心血管代謝疾患などの慢性疾患と関連している。これまでの多くの研究は睡眠時間に焦点を当てており、J字型の関連が報告されており、1日の平均睡眠時間が短い(6時間以下)または長い(9時間以上)人は、さまざまな健康状態の悪化のリスクが高い。
慢性疾患と実際の睡眠パターン(睡眠の規則性や段階(N1、N2、N3、急速眼球運動(REM)など)との関連性についてはあまりわかっていない。睡眠と慢性疾患に関するほとんどの疫学研究は、自己申告の睡眠データに依存してきたが、自己申告の睡眠データでは睡眠段階を捉えることができず、長期にわたる睡眠パターンを正確に表現できない。Fitbit などの市販のウェアラブルデバイスの最近の開発により、一般の人々における睡眠パターンをポリソムノグラムと比較して優れた性能で客観的に長期にわたって測定できるようになった。これらのデバイスの人気の高まりにより、ウェアラブルデバイスから得られる指標と慢性疾患との関連性に関する大規模な疫学研究が可能になった。
この研究では、All of Us研究プログラム(AoU研究プログラム;米国国立衛生研究所が資金提供している、100万人以上の多様な人々から健康データを収集する取り組み)の縦断的な電子健康記録データと毎日の睡眠パターンを活用して、時間の経過に伴う睡眠パターンと慢性疾患の発症との関連性を調査した。

Method
我々は、消費者に表示される Fitbit由来の毎日の要約データを使用した。これには、毎日の睡眠時間、安眠できない睡眠時間 (Fitbit では、動いているが覚醒していない睡眠と定義されている)、Fitbit由来の睡眠段階 (浅い、深い、REM) が含まれる。Fitbitは、心拍数と動きに基づく独自のアルゴリズムを使用して睡眠段階を推定し、3 時間を超える睡眠期間の睡眠段階のみを推定する。アルゴリズムの検証研究に基づき、Fitbitは「浅い」睡眠をN1+N2、「深い」睡眠をN3、「REM」を急速眼球運動睡眠にマッピングしている。
発見分析では、各参加者のモニタリング期間全体にわたって毎日の睡眠パターンを平均した。Fitbitから取得した睡眠段階データが利用可能な睡眠期間のみが、毎日の睡眠段階の平均を推定するために使用された。Fitbitモニタリング期間は、参加者がFitbitアカウントを作成した時点で開始される。睡眠不規則性を、毎日の睡眠時間の標準偏差として定義した。各睡眠段階の毎日の割合 (睡眠段階の時間/総睡眠時間)を計算した。一般的な睡眠スケジュールパターンを特徴付けるために、午後8時から午前2時までと定義される「従来の」時間帯の睡眠開始の割合を計算した。この時間帯を選んだのは、コホートの平均睡眠開始時刻が午後11時10分であり、ヒートマップにプロットしたときに睡眠開始時刻の大部分がこの時間枠内にあったためである(図1)。週末は典型的な睡眠スケジュールの代表性が低いため、「伝統的な」睡眠開始時刻の分析から除外された。

Results
Fitbit から取得した睡眠データを持つ14,892人を特定した。電子健康記録データがリンクされ、Fitbitモニタリング期間が6か月以上で、睡眠時間が4時間未満の夜が30%未満である成人参加者6,785人が分析に含まれ、その結果6,477,023人泊となった。年齢の中央値は50.2歳(四分位範囲=35.7~61.5)であった(表1)。参加者のほとんどは女性(71%)、白人(84%)、大学教育を受けた人(71%)であった。Fitbitモニタリング期間の中央値は4.49(2.53~6.45)年で、1日の平均歩数の中央値は 7,798 (5,898 ~ 9,947) 歩/日であった。睡眠パターンの中央値は、入眠時刻が午後11時10分(午前10時30分~午前0時)、睡眠時間が6.7(6.2~7.2)時間、不眠時間が0.3(0.2~0.5)時間、睡眠不規則性(1日の平均睡眠時間の標準偏差)が1.5(1.2~1.8)時間であった。平日における「伝統的」な時間帯(午後8時から午前2時)の入眠の割合の中央値は93.5(85.2~97.3)%であった。睡眠段階については、レム睡眠、浅い睡眠、深い睡眠に費やされた割合の中央値はそれぞれ20.7(17.8~23.1)%、64.2(60.3~68.5)%、15.1(12.7~17.5)%であった。参加者の人口統計 (自己申告の性別、自己申告の人種/民族、教育) およびライフスタイル要因 (喫煙、アルコール摂取) 別に層別化すると、睡眠時間の中央値に大きな違いがあった (表1)

表1:研究参加者のベースライン特性

睡眠パターンと発症疾患の関連性
Fitbit 由来の睡眠パターンと48の有意な関連性が特定された。これには、睡眠時間に関する2つの関連性、不眠時間に関する3つの関連性、睡眠段階に関する14の関連性、睡眠不規則性に関する24の関連性、および従来型と非従来型の睡眠開始に関する5つの関連性が含まれる。不眠症と平均不眠時間、睡眠不規則性、および従来型の睡眠開始比率との関連性など、複数の睡眠パターンにわたって有意な関連性を持つ表現型がいくつか見られた。
平均1日睡眠時間が1時間長くなるごとに、病的肥満(オッズ比(OR)=0.62、95%信頼区間(CI)=0.53~0.73)および閉塞性睡眠時無呼吸(0.77、0.68~0.87)の新たな診断を受ける確率が低下した。平均1日不眠(1時間あたり)が長くなると、睡眠障害(1.58、1.32~1.89)、甲状腺機能低下症(1.42、1.21~1.68)、息切れ(1.37、1.19~1.56)のオッズが上昇した。
睡眠不規則性の増加(毎日の睡眠時間の標準偏差の1時間あたりの変化)は、さまざまな精神疾患、睡眠障害、代謝障害の発症と関連していた。睡眠不規則性の増加に関連する慢性疾患には、本態性高血圧(1.56;1.35–1.81)、高脂血症(1.39;1.20–1.61)、肥満(1.49;1.28–1.73)などがある。また、大うつ病性障害(1.75; 1.52–2.01)、不安障害(1.55; 1.35–1.78)、双極性障害(2.27; 1.65–3.11)など、いくつかの精神疾患のオッズ上昇も観察された。さらに、睡眠不規則性の増加は、胃食道逆流症(1.46;1.26–1.68)、閉塞性睡眠時無呼吸(1.43;1.22–1.67)、喘息(1.50;1.25–1.81)、片頭痛(1.60;1.31–1.95)など、睡眠を妨げる可能性のある状態と関連していた。睡眠不規則性に関する結果の大半(24 件中 23 件)は、1 日の平均睡眠時間で調整した後も依然として有意だった。

Fitbit から得られた睡眠段階を調べたところ、レム睡眠の割合が高いほど、心房細動 (OR 0.86、95% CI 0.82~0.91)、心房粗動 (0.78、0.73~0.84)、洞房結節機能不全/徐脈 (0.72、0.65~0.80) などの心拍リズムおよび心拍数異常の発生率が低下することが分かった。浅い睡眠の割合が高いほど、心房細動(1.13;1.09–1.17)、心房粗動(1.19;1.13–1.25)、洞房結節機能不全/徐脈(1.23;1.15–1.32)、鉄欠乏性貧血(1.06;1.03–1.09)のオッズが上昇した。深い睡眠の割合が高いほど、心房細動(0.87;0.81–0.93)、大うつ病性障害(0.93;0.91–0.96)、不安障害(0.94;0.91–0.97)のオッズが低くなった。
平均睡眠時間の増加は肥満リスクの低下と関連していた(ハザード比(HR)=0.90、95% CI=0.83~0.98)のに対し、睡眠不規則性の増加は肥満リスクの増加と関連していた(1.21、1.08~1.37)。レム睡眠の割合の増加は、心不全(HR 0.51、0.26~0.99)および全般性不安障害(0.80、0.69~0.92)の発症リスクの減少と関連していた。浅い睡眠の割合の増加は、心不全(2.30;1.05–5.04)、全般性不安障害(1.31;1.13–1.52)、心房細動(1.76;1.02–3.05)の発症リスクの増加と関連していた。深い睡眠の割合の増加は、心房細動(0.59;0.35–0.99)および全般性不安障害(0.84;0.72–0.98)のリスクの減少と関連していた。
平均睡眠時間と高血圧(非線形性のP=0.003)、大うつ病(P<0.001)、全般性不安障害(P<0.001)の間には、有意な非線形の J 字型関係が認められた。平均睡眠時間の中央値(6.8時間)と比較すると、平均睡眠時間が5時間の参加者は、高血圧のリスクが29%増加し(HR=1.29、95% CI =1.09~1.54)、大うつ病のリスクが64%増加し(1.64、1.27~2.12)、全般性不安障害のリスクが 46% 増加した(1.46、1.16~1.83)。平均1日睡眠時間が10時間の参加者では、高血圧のリスクが61%増加し(1.61; 1.01–2.58)、大うつ病のリスクが163%増加し(2.63;1.31~5.31)、全般性不安障害のリスクが130%増加した(2.30;1.27–4.17)

Discussion
市販のウェアラブルデバイスからの睡眠の直接測定を使用して、睡眠パターンを客観的かつ長期的に分析する、これまでで最大の研究を実施した。日々の活動 (歩数) を考慮した後でも、睡眠の量、質、規則性と重要な慢性疾患の発症との間に、臨床的かつ統計的に有意な関係が認められた。
この研究にはいくつかの限界がある。まず、研究対象者は比較的若く、大多数が女性で、白人で、大学教育を受けている。代表性の低いコミュニティや貧困地域の人々に調査結果を一般化できるかどうかは不明であり、そのため今後の研究で優先度が高い。特に、AoU研究プログラムでは、代表性の低いコミュニティから招待された参加者に Fitbit デバイスを無料で提供することで、WEAR 研究を通じて Fitbit データを持つ参加者の多様性を拡大する積極的な取り組みが行われている。とはいえ、調査結果やポリソムノグラムのデータを持つ多様な集団を使用した過去の研究によって、私たちの調査結果の多くが裏付けられている。さらに、私たちの調査結果は、2020年に30%近くに達した、市販のウェアラブルデバイスを所有する米国の一般人口の割合の増加と非常に関連している。さらに、市販のウェアラブルデバイスの所有者は一般人口よりも概して健康であるため、この研究で報告された効果サイズと睡眠の健康状態の悪さの影響は、実際には一般人口の方が強い可能性がある。第二に、私たちの分析に含まれる睡眠データは、Fitbitから報告され、Fitbitによって計算されたものとなっている。Fitbitのアルゴリズムは、多くの研究でゴールドスタンダードのポリ睡眠ポリグラムに対して評価されてきた。これらの検証研究のうち最大規模の研究では、Fitbitはポリ睡眠ポリグラムと比較して総睡眠時間や深い睡眠の推定において有意差はなかったが、レム睡眠を11.4分過小評価していた。したがって、睡眠段階の割合の潜在的な体系的な誤推定のため、私たちの調査結果は、Fitbit以外のソースからの睡眠データには一般化できない可能性がある。
睡眠モニタリング機能を備えたウェアラブルデバイスは、ますます普及している。消費者に直接報告される睡眠パターンに基づく私たちの研究結果は、睡眠をモニタリングする参加者や健康的な睡眠習慣についてカウンセリングする医療提供者にとって非常に重要なものとなるだろう。将来、患者が生成した睡眠データを日常診療の診療記録に統合することで、医療提供者は睡眠パターンの変化を病気の早期指標としてモニタリングし、個人の臨床状況やリスクプロファイルに合わせたエビデンスに基づくガイダンスを提供できるようになる。
要約すると、睡眠の量、質、規則性が不十分であることは、肥満、心房細動、高血圧、うつ病、全般性不安障害など、数多くの慢性疾患の発症率増加と関連していることがわかった。これらの調査結果が検証されれば、特に慢性疾患のリスクが高い人に対する健康的な睡眠習慣に関する最新の推奨事項の根拠となる可能性がある。さらに、私たちの研究は、科学的発見を前進させ、患者ケアを改善するために、市販のウェアラブルデバイスからのデータを電子診療記録と統合することの価値を裏付けている。

【開催日】2025年3月5日

成人の毎日の歩数とうつ病:システマティックレビューとメタアナリシス

-文献名-
Bizzozero-Peroni B, et al. Daily Step Count and Depression in Adults: A Systematic Review and Meta-Analysis. JAMA Netw Open. 2024; 7(12): e2451208.

-要約-
Introduction
抑うつ障害は、成人期から高齢期にかけての主要な障害の原因の一つであり、世界中で3億人以上が影響を受けている。 抑うつ症状は、臨床的な診断基準に満たない場合でも、生活の質に大きな影響を及ぼし、将来的に臨床的な抑うつ状態に進行する可能性がある。抑うつの原因は、生物学的要因から生活習慣に至るまで多岐にわたり、その予防戦略の策定は困難を伴う。近年のメタアナリシスでは、身体活動が抑うつの予防に寄与することが示唆されているが、日常的な歩行活動(歩数)と抑うつとの関連性については、これまで体系的に検討されたことがなかった。歩数は、身体活動を客観的かつ直感的に測定する指標であり、ウェアラブルデバイスの普及により一般の人々にも測定が容易になっている。本研究の目的は、成人における客観的に測定された日常の歩数と抑うつとの関連性を体系的にレビューし、メタアナリシスを通じて統合することである。

Method
本研究は、PRISMA(Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses)およびMOOSE(Meta-analysis of Observational Studies in Epidemiology)のガイドラインに従って実施された。各データベース(PubMed、PsycINFO、Scopus、SPORTDiscus、Web of Science)に加え、身体活動、歩数、抑うつに関連する検索語を組み合わせてGoogle Scholarや引用文献の検索などの補助的な方法を用い、初回検索(創設から2023年7月14日まで)およびその後の更新(2023年7月1日~2024年5月18日)を実施した。選択基準としては、18歳以上の成人を対象とし、歩数が加速度計、歩数計、スマートフォンなどのデバイスで客観的に測定されていること、抑うつが診断または抑うつ症状として評価されていること、観察研究(横断研究、縦断研究)であることを条件とした。データ抽出と質の評価は、2人の研究者が独立して行い、意見の不一致が生じた場合は第三者の研究者が介入して解決した。統計解析には、Sidik-Jonkmanランダム効果モデルを用いて、相関係数、標準化平均差(SMD)、リスク比(RR)を95%信頼区間(CI)とともに算出した。

Results
最終的に、33件の観察研究(横断研究27件、縦断研究6件:内訳としてパネル研究3件および前向きコホート研究3件)が対象となった。
 横断研究およびパネル研究の結果、日常の歩数と抑うつ症状との間に逆相関が認められた。具体的には、横断研究では、1日5,000歩未満を基準群と比較した場合、5,000~7,499歩群では標準化平均差(SMD)が–0.17(95%信頼区間:–0.30~–0.04)、7,500~9,999歩群では –0.27(95% CI:–0.43~–0.11)、10,000歩以上群では –0.26(95% CI:–0.38~–0.14)となり、各群ともに抑うつ症状が有意に少ないことが示された。さらに、日常の歩数を連続変数として解析した結果、歩数と抑うつ症状との間には有意な逆相関(r = –0.12, 95% CI:–0.20~–0.04)が認められた。
 縦断研究のメタアナリシスでは、1日7,000歩以上歩く人は、7,000歩未満の人と比較して、抑うつリスクが31%低いことが示された(RR: 0.69, 95% CI: 0.62~0.77)。さらに、1,000歩増加するごとに、抑うつリスクが9%低下することが明らかになった(RR: 0.91, 95% CI: 0.87~0.94)。



Discussion
本研究の結果、日常の歩数が多いほど、抑うつ症状が少なく、抑うつリスクも低いことが示された。これらの知見は、身体活動が抑うつ予防に寄与する可能性を支持するものであり、特に日常生活での歩行活動の重要性を強調している。しかし、本研究にはいくつかの限界がある。まず、観察研究に基づいているため、因果関係を確定することはできない。また、歩数の測定方法や抑うつの評価方法が研究間で異なるため、結果の一貫性に影響を及ぼす可能性がある。さらに、対象者の年齢、性別、健康状態などの交絡因子を完全に調整することは困難であった。今後は、これらの限界を克服するために、無作為化比較試験などの介入研究が必要とされる。特に、歩数の増加が抑うつ症状の予防や軽減に直接的な効果を持つかを検証することが重要である。また、歩行以外の身体活動や、活動の強度、頻度、持続時間などが抑うつに与える影響についても詳細に検討する必要がある。さらに、対象者の年齢、性別、社会的背景、健康状態などの要因が、歩数と抑うつの関連性にどのように影響するかを明らかにすることも重要である。これらの知見は、個々のニーズや状況に応じた効果的な介入プログラムの開発に寄与するだろう。
本研究の結果は、公共政策や臨床実践において、日常的な歩行活動の促進が抑うつ予防の一環として有効である可能性を示唆している。特に、歩数の増加が比較的容易に実践可能であり、費用対効果の高い介入手段となり得ることから、健康増進プログラムやメンタルヘルス対策において、歩行活動の推奨が検討されるべきである。しかし、個々の状況や能力に応じて適切な目標設定やサポートが必要であり、専門家の指導や支援が重要となる。
総じて、本研究は、日常の歩行活動の増加が成人の抑うつ症状の軽減および抑うつリスクの低下に関連することを示している。今後の研究や実践において、これらの知見を活用し、効果的な介入戦略の開発と実施が求められる。

【開催日】2025年2月5日

認知症BPSDに対する第2世代(非定型)抗精神病薬の比較

-文献名-
Lü W, Liu F, Zhang Y, et al. Efficacy, acceptability and tolerability of second-generation antipsychotics for behavioural and psychological symptoms of dementia: a systematic review and network meta-analysis. BMJ Ment Health. 2024;27:1-8.

-要約-
●Abstract(全文)
【Background】
 BPSDは多くの認知症患者に認められる。BPSDの治療には第2世代(非定型)抗精神病薬(SGAs)がよく用いられるが、その有効性や受容性について比較した際の特徴は不明である。
【Methods】
 標準化平均差(SMD、(平均値の差)/(各群の標準偏差の平均値))を用いて、連続アウトカムについての固定効果をプールした。カテゴリ変数に対応するオッズ比と95%信頼区間を算出した。受容性(Acceptability、有効性+安全性の混合)は全ての原因による脱落率として定義され、忍容性(Tolerability)は有害作用による中止率として定義された。治療効果の順位は累積順位曲線下面積(SUCRA:Surface Under the Cumulative Ranking Curves)によって決定した。有害アウトカムには、死亡、脳血管有害事象、転倒、(過)鎮静、錐体外路症状、尿路症状が含まれた。
【Results】
 このネットワークメタアナリシス(NMA)には20件のランダム化比較試験が含まれ、5種類の第2世代抗精神病薬(クエチアピン、オランザピン、リスペリドン、ブレクスピプラゾール、アリピプラゾール)について、合計6374人の結果が含まれた。介入期間は6週間〜36週間であった。
 有効性の評価では、プラセボ群と比較してブレクスピプラゾールの有効性が高く(SMD=-1.77、95%CI:-2.80~-0.74)、ブレクスピプラゾールはクエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールよりも有効であった。
 受容性の評価では、アリピプラゾールのみがプラセボよりも優れており(OR=0.72、95%CI:0.54~0.96)、アリピプラゾールはブレクスピプラゾールよりも優れていた(OR 0.61、95%CI:0.37~0.99)。
 忍容性の評価では、オランザピンはプラセボと比較して最も悪く(OR=6.02、95%CI:2.87~12.66)、リスペリドン(OR=3.67、95%CI:1.66~8.11)やクエチアピン(OR=3.71、95%CI:1.46~9.42)と比較しても悪かった。アリピプラゾールはオランザピンと比較して優れていた(OR=0.25、95%CI:0.08〜0.78)。クエチアピンは脳血管有害事象の点で良好な安全性を示した。ブレクスピプラゾールは転倒や(過)鎮静の点で良好な安全性を示した。
【Conclusion】
 ブレクスピプラゾールはBPSDの治療において高い有効性を示しており、アリピプラゾールは最も受容性が高く、オランザピンは忍容性が最も悪かった。この研究結果は意思決定の指針として活用できるかもしれない。

●Introduction
・これまでのランダム化比較試験では、第2世代抗精神病薬はBPSDにわずかな改善をもたらす一方、重篤な有害事象(特に(過)鎮静、錐体外路症状、脳血管イベント、死亡)を引き起こす可能性があると示唆されている。FDAは以前、抗精神病薬の使用に関する警告を出した。
・しかし第2世代抗精神病薬は、未だに患者の12.3~37.5%で使用されている。
・最も有益かつ安全な抗精神病薬を探る際に、一対一の比較研究を基にしたメタアナリシスでは限界があったが、ネットワークメタアナリシス(NMA)は複数の介入試験を比較してエビデンスを生成することで見識を深められる可能性がある。
・本研究ではネットワークメタアナリシスを用いることで、BPSDに関する比較試験を評価し、様々な第2世代抗精神病薬の有効性・受容性・忍容性に関する最初のエビデンスを示すことを目的としている。

●Methods
・適格基準
・本研究はシステマティックレビュー・メタアナリシスに関するPRISMAガイドラインに則って行われた。
・この研究にはアルツハイマー型認知症、血管性認知症、混合型認知症が含まれた(診断は研究著者によって定義された)。
・患者の年齢や認知症の重症度による制限は設けなかったが、パーキンソン病やレビー小体型認知症、認知症に関係のないその他の精神疾患(うつ病、せん妄、統合失調症など)、管理不良な身体疾患(心血管疾患、感染症など)は除外された。
・患者には、何らかの第2世代抗精神病薬によるBPSD治療が行われていた。
・主要アウトカムは有効性と受容性であった。
・有効性は、標準化されたスケール(例:CMAI、NPI、BPRS)で測定されたスコアの変化で定義された。
・受容性は全ての原因による脱落率として定義され、有効性と忍容性を包含した。
・副次評価項目は忍容性で、有害作用による治療中止として定義された。有害作用には死亡率、脳血管有害事象、転倒、(過)鎮静、錐体外路症状、尿路症状が含まれた。
・このシステマティックレビューには、ランダム化比較試験(RCT)のみが含まれていた。
・検索戦略
・第2世代抗精神病薬とBPSDについての研究について、データベースの開始から2023年12月までに、英語で発表された文献について、PubMed、Embase、Web of Science、Cochrane Trial Registerで検索した。
・2名のレビュアーが収集や評価に関与した。
・必要に応じて追加情報や欠損したデータについて著者に連絡を取った。
・データ収集
・論文情報、参加者の情報(年齢、性別、サンプルサイズ、認知症のタイプ、ベースラインのMMSEなど)、介入の特徴(第2世代抗精神病薬の種類と投与量、投与期間など)を収集した。
・データ分析
・Stata/SE(V.15.1)と頻度主義的フレームワークを用いてネットワークメタアナライシスを実行した。
・累積順位曲線下面積(SUCRA:Surface Under the Cumulative Ranking Curves)を用いて、仮想治療と比較した各治療の有効性、受容性、忍容性の確率を計算した。
・コクラン共同計画が推奨する「risk of bias 2」を用いて、選択バイアス、実行バイアス、検出バイアス、減少バイアス、報告バイアス、その他のバイアスを評価した。出版バイアスについてはファンネルプロットで示した。主要アウトカムに関する感度分析は、バイアスリスクが高い研究を除外して実施した。
・各研究の信頼性は、CINeMAアプローチを用いて評価した。

●Results
・一次検索で874件の研究論文が選択されたが、論文の重複やタイトル・抄読の内容などから除外し、20件(→受容性と忍容性の評価)19件(→有効性の評価)のRCTをメタアナリシスに含めた(PRISMAフローチャートは本文参照)。
・研究の特性
・発表期間:1999年から2023年
・サンプルサイズ:各研究40人~652人、合計6374人
・介入期間:6週間~36週間
・用いられた第2世代抗精神病薬:5種類(クエチアピン、オランザピン、リスペリドン、ブレクスピプラゾール、アリピプラゾール)
・主要アウトカム:CMAI、NPI、BEHAVE-AD、BPRS、PANSS
・セッティング:ほとんどが高齢者施設で行われた
・バイアスの評価、非一貫性の評価
 略
・類似性の評価
・参加者の平均年齢は79.90歳、女性が67.32%(4197/6234)を占めていた。
・ほとんどの患者はアルツハイマー型認知症と診断され、MMSEの平均は11.32点であった。
・平均介入期間は11.3週間であった。
・年齢、性別、診断の頻度は各研究間で同等であった(本文Table 1参照)
・有効性の評価(Table 2、Sup. material 10)
・プラセボと比較してブレクスピプラゾールが最も有効性が高く(SMD= -1.77、95%CI:-2.80~-0.74)、クエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールよりも有意に優れていた。
・累積順位曲線下面積(SUCRA)による解析では、全ての第2世代抗精神病薬がプラセボより有効性に優れていた。5つの第2世代抗精神病薬の中ではブレクスピプラゾールが最も優れており、次いでリスペリドン、クエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールの順であった。・受容性、忍容性の評価(Table 3:オレンジが受容性、灰色が忍容性を示す)
・受容性の評価では、プラセボと比較してアリピプラゾールのみが優れており(OR=0.72、95%CI:0.54~0.96)、ブレクスピプラゾールと比較しても有意に優れていた(OR=0.61、95%CI:0.37~0.99)。また累積順位曲線下面積(SUCRA)による解析では、アリピプラゾールとリスペリドンがプラセボよりも受容性に優れていた。
・忍容性の評価では、プラセボと比較してオランザピンは最も悪く(OR=6.02、95%CI:2.87~12.66)、リスペリドン(OR=3.67、95%CI:1.66~8.11)やクエチアピン(OR=3.71、95%CI:1.46~9.42)と比較しても不良であった。アリピプラゾールは、オランザピンと比較して忍容性が優れていた(OR=0.25、95%CI:0.08〜0.78)。また累積順位曲線下面積(SUCRA)による解析では、全ての第2世代抗精神病薬がプラセボよりも忍容性が悪かった。・感度分析においてバイアスのリスクが高い2件の研究を削除した後でも、有効性と受容性の結果は概ね上記と一致していた。
・有害作用の評価
・死亡率 
 4研究で報告された(クエチアピン、リスペリドン、オランザピンを含む)。NMAではいずれもプラセボと有意差がなく、また互いに有意差がなかった。SUCRAによるとプラセボの安全性が最も高かった。
・脳血管有害事象
 5研究で報告された(クエチアピン、リスペリドン、オランザピンを含む)。NMAではプラセボと比較して、リスペリドンは脳血管有害事象を有意に増加させていた(OR=4.01、95%CI:1.48〜10.90)。SUCRAによると(プラセボよりも)クエチアピンの安全性が最も高かった。
・転倒
 15研究で報告された(クエチアピン、リスペリドン、オランザピン、ブレクスピプラゾール、アリピプラゾールを含む)。NMAではいずれもプラセボと有意差がなく、また互いに有意差がなかった。SUCRAによると(プラセボよりも)ブレクスピプラゾールの安全性が最も高かった。
・(過)鎮静
 16研究で報告された(クエチアピン、リスペリドン、オランザピン、ブレクスピプラゾール、アリピプラゾールを含む)。NMAではプラセボと比較して、クエチアピン(OR=5.04、95%CI:3.24~7.83)、オランザピン(OR=3.68、95%CI:2.43~5.55)、リスペリドン(OR=2.51、95%CI:1.91~3.31)、アリピプラゾール(OR=2.74、95%CI:1.25~6.02)で鎮静のリスクが有意に増加していた。リスペリドンはクエチアピンと比較して鎮静リスクが有意に低下した(OR=0.50、95%CI:0.32~0.79)。SUCRAによると、プラセボに次いでブレクスピプラゾールの安全性が高かった。
・錐体外路症状
 9研究で報告された(クエチアピン、リスペリドン、オランザピン、ブレクスピプラゾールを含む)。NMAではプラセボと比較して、リスペリドン(OR=2.35、95%CI:1.62~3.39)やオランザピン(OR=2.57、95%CI:1.43~4.63)は錐体外路症状を有意に増加させていた。SUCRAによると(プラセボよりも)クエチアピンの安全性が最も高かった。
・尿路症状
 13研究で報告された(クエチアピン、リスペリドン、オランザピン、ブレクスピプラゾール、アリピプラゾールを含む)。NMAではプラセボと比較して、クエチアピンは尿路症状を有意に増加させていた(OR=2.73、95%CI:1.34~5.54)。

●Discussion
・本試験の第一の強みは、ブレクスピプラゾールに関する研究を組み入れたことである。
・ブレクスピプラゾールはプラセボ、クエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールよりも有意に有効性が高いと分かった。注目すべきは、ブレクスピプラゾールの有効性が(攻撃的な行動と関係する)CMAIによって測定されていたことであり、介護者や医療システムにとって有益である可能性を示唆している。
・受容性(有効性+忍容性)については、アリピプラゾールがプラセボやブレクスピプラゾールよりも有意に優れていた。興味深いことに本研究は、アリピプラゾールが最高の第2世代抗精神病薬であるとも示しており、BPSD治療におけるアリピプラゾールの可能性が示唆される。
・忍容性については、オランザピンがプラセボ、リスペリドン、クエチアピン、アリピプラゾールと比較して有意に悪かった。
・本研究は、BPSDに対して最も受容性が高いのはアリピプラゾール、最も効果が高いのはブレクスピプラゾール、有害作用が最も多いのはオランザピンであると明らかにした。多くの被験者を対象とした本研究は、これまでの臨床研究・レビューとほぼ一致している。
・本研究の限界として、①解析に薬剤用量を考慮しなかった(できなかった)こと、②アルツハイマー型以外の認知症患者を含む研究がごくわずかであったこと、③ほとんどが高齢者施設で行われた研究であったこと、などが挙げられる。

●Footnotes(脚注)
・Funding:四川大学West China Hospitalの1.3.5プログラム、および中国の国家重点研究開発計画からの助成金により支援された。

【開催日】2024年10月9日

日本におけるガイドライン推奨睡眠薬の治療失敗と長期処方リスク

-文献名-
Takeshima M, Yoshizawa K, Ogasawara M, et al.
Treatment Failure and Long-Term Prescription Risk for Guideline-Recommended Hypnotics in Japan. JAMA Network Open. 2024;7(4):e246865.

-要約-
Introduction
ガイドラインが推奨する睡眠薬を直接比較するランダム化比較試験は、これまでのところわずかしか行われていない。また、ベンゾジアゼピン受容体作動薬の睡眠薬としての長期使用は有害になり得るため、ガイドラインは短期使用を推奨しているが、世界中で長期処方が行われている。著者らは、ガイドラインが推奨する睡眠薬のうち、単剤で用いた場合の治療失敗リスクが低いのはどれか、また長期にわたって処方されやすいのはどれかを明らかにするために本研究を実施した。

Method
この後ろ向き観察コホート研究は、Japan Medical Data Center Claims Database(発表者注釈:2005年より複数の健康保険組合より寄せられたレセプト(入院、外来、調剤)および健診データを蓄積している疫学レセプトデータベース JMDC Claims Database – 株式会社JMDC)を利用した。
2005年4月1日から2021年3月31日までに、不眠症の薬物療法として睡眠薬の単剤を初回投与された成人患者を同定して、治療開始から6カ月後まで追跡した。
薬は、スボレキサント(ベルソムラ®)、ラメルテオン(ロゼレム®)、エスゾピクロン(ルネスタ®)、ゾルピデム(マイスリー®)、トリアゾラム(ハルシオン®))であった。
● 主要アウトカムは単剤療法の失敗(6ヶ月以内に睡眠薬の変更または追加)
● 二次アウトカムは単剤療法の中止(6ヶ月以内に2ヶ月連続で睡眠薬の処方がない)
と定義された。

Results
239,568人が含まれ、年齢の中央値は45歳(四分位範囲34〜55歳)、50.2%が女性だった。
56.6%がゾルピデム、15.7%がスボレキサント、14.2%がエスゾピクロン、7.5%がトリアゾラム、6.1%がラメルテオンを処方されていた。

6カ月の追跡期間中に、24,778人(10.3%)が単剤治療の失敗を経験した。
失敗の割合は、ゾルピデム(8.9%)で、トリアゾラム(9.4%)、エスゾピクロン(11.9%)、スボレキサント(12.7%)、ラメルテオン(15.1%)だった。
エスゾピクロンと比較した失敗リスクは、ラメルテオン(調整ハザード比 1.23)が高く、ゾルピデム(0.84)およびトリアゾラム(0.82)は低く、スボレキサントとは有意差がなかった。

単剤治療で失敗しなかった患者の84.6%は、6カ月以内に治療を中止した。
治療中止の割合は、ゾルピデム(85.2%)、ラメルテオン(84.9%)、スボレキサント(84.0%)、トリアゾラム(83.7%)、エスゾピクロン(82.9%)となっていた。
エスゾピクロンと比較した場合は、ラメルテオン(調整オッズ比 1.31)とスボレキサント(1.20)は有意差を持って中止されており、薬物依存による長期処方が起こりにくいと考えられた。ゾルピデム1.00(0.97-1.04)とトリアゾラム1.02(0.97-1.07)は有意差を示さなかった。

Discussion
本研究の強みは、大規模な日本の医療データベースを使用し、239,568人のデータを長期間(2005年~2021年)にわたって分析した点である一方で、いくつかの限界がある。 第一に、データが会社従業員およびその家族に限定されているため、一般の集団を代表しているとは限らない。 第二に、社会経済的要因、副作用、単剤療法の中止理由、不眠症や精神症状の重症度などの重要な因子が含まれていない。 第三に、追跡期間が6ヶ月と短く設定されており、長期使用による依存や耐性のリスクを完全には評価できていない。 本研究では交絡因子がコントロールされていないため、これらの結果に基づいて、ガイドラインで推奨されている睡眠薬の薬理学的特性に関する結論を導き出すことはできない。慢性不眠症と急性不眠症の診断、不眠症および精神症状の重症度、睡眠薬処方に対する医師の態度などの交絡因子を考慮したさらなる研究が必要である。

このコホート研究では、単剤療法の失敗はエスゾピクロンよりもラメルテオンで多く、ゾルピデムやトリアゾラムでは少なかった。さらに、本研究で長期使用リスクの代用指標として設定した単剤療法の中止は、エスゾピクロンよりもラメルテオンやスボレキサントなどの新規睡眠薬で少なかった。しかしながら、これらの結果は、いくつかの交絡因子を説明することができなかったため、ガイドラインで推奨されている睡眠薬の薬理学的特性によるものなのか、不眠症患者の臨床的特性によるものなのか、あるいは処方医の睡眠薬に対する考え方によるものなのかは不明であるため、慎重に解釈すべきである。どのガイドライン推奨睡眠薬が最も有用であるかを決定するためには、これらの睡眠薬を直接比較するRCTが必要である。

【開催日】2024年6月12日

救急医療におけるトラウマインフォームドケア介入 システマティックレビュー

―文献名―
Brown T, Ashworth H, Bass M, Rittenberg E, Levy-Carrick N, Grossman S, Lewis-O’Connor A, Stoklosa H.
Trauma-informed Care Interventions in Emergency Medicine: A Systematic Review.
West J Emerg Med. 2022 Apr 13;23(3):334-344.
doi: 10.5811/westjem.2022.1.53674. PMID: 35679503; PMCID: PMC9183774.

―要約―
Introduction:
<背景>
 トラウマにさらされることは、救急の患者や医師にとって非常に一般的な経験です。薬物乱用・精神保健サービス局 (SAMHSA) は、トラウマを「個人が経験する身体的または精神的に有害または生命を脅かす出来事、一連の出来事、または一連の状況であり、個人の機能的、精神的、身体的、社会的、感情的、spiritualなwell-beingに永続的な悪影響をもたらすもの」と定義しています。このトラウマの定義には、個人的(例:交通事故、愛する人の死)から、対人的(例:対人暴力[IPV]、差別、虐待)、社会的(例:自然災害、パンデミック、テロ攻撃)な経験まで含みます。新しい出版物では、この定義を、構造的トラウマ (人種差別、性差別など) にまで拡張して明示的に取り上げています。
 患者は、上記で定義したタイプのトラウマを抱えて救急外来を受診することがよくあります。急性のトラウマを患っている患者は、多くの場合、過去のトラウマ体験の生存者です。病院ベースの暴力介入プログラムに参加している、暴力の経験者を対象とした調査では、対象の100%が少なくとも1つのACEs(逆境的小児期体験)を経験していることが判明しました。
 トラウマを経験した人の中には、救急医療の経験が再トラウマになったり、過去の経験のトリガーになったりする人もいます。トラウマの生存者は、感情の調節不全(強い感情を制御するのが困難)、過剰警戒(脅威を感じやすくそれに対し過剰に反応しやすい)を経験する可能性があります。実行機能と感情制御の間の密接な相互作用により、患者と医療チームの両方に影響を与える可能性があります。同様に、過覚醒により、救急医療の多忙な環境や介入処置に耐えがたくなる可能性もあります。

 救急医療環境には、臨床医と多職種にとって、直接的および二次的なトラウマの潜在的要因が複数存在しています。COVID-19のパンデミックは、最前線の医療従事者やスタッフに二次的なトラウマへの曝露による被害が及ぶ可能性があることを実証しました。救急医療で勤務するスタッフも、職場での暴力を高率に経験しています。

<重要性>
 トラウマインフォームドケア(TIC)は、医療現場での再トラウマ化を防ぎ、患者と臨床医の両方の回復力を促進することを目的としたフレームワークです。それは次の 6 つの原則に基づいています。1) 安全性、2) 信頼性と透明性、3)ピアサポート、4) 協力と相互作用、5) エンパワーメント、発言権、選択、6) 文化的、歴史的、ジェンダーの問題。トラウマインフォームドケアは、プライマリケアと救急医療 (EM) を含む専門ケアの両方における臨床ケアへのアプローチとして採用されることが増えています。2012年、米国司法長官の、暴力にさらされた子どもに関する国家対策委員会は、すべての救急医療センターに TIC を提供すること、また、トラウマを経験している患者と接するすべての臨床医に TIC の訓練を受けることを求めました。トラウマインフォームドケアは、患者にとっては臨床上の利点があり、スタッフにとっては仕事の満足感が得られる、費用対効果の高い介入であることが示されています。しかし、救急医療で見られるトラウマの計り知れない負担と患者と臨床医にとっての TIC の利点にもかかわらず、TIC は依然として 救急医療において芽生えの時期のままです。

<目的>
 このシステマティックレビューは、救急医療における TIC 介入に関するエビデンスをまとめ、次の研究目的について述べ、TIC の実施に関する現在の研究のギャップを特定します。
・救急医療セッティングにおいて行われているTIC介入実践の範囲
・救急医療におけるTIC介入が、患者にもたらす潜在的な利益、医療者・多職種にもたらす潜在的な利益

Method:
 この研究は PROSPERO (CRD42020205182) に登録されました。1990年から2020 年 8 月 12 日の、PubMed、EMBASE (Elsevier)、PsycINFO (EBSCO)、Social Services Abstract (ProQuest) および CINAHL (EBSCO) データベースの査読済みジャーナルと抄録を、体系的に検索しました。私たちは、帰納的定性的内容分析を使用して、救急医療環境におけるTIC介入について明示的に述べている研究を分析して、繰り返し現れるテーマを特定し、トラウマに基づいた独自の介入を特定しました。TICについて明示的に引用していない研究は除外しました。それぞれの研究について、ニューカッスル – オタワ基準と重要評価スキルプログラム (CASP) チェックリストを使用してバイアスについて評価しました。

Result:
 合計 1,372 件の研究と抄録を特定し、最終分析の対象基準を満たす 10 件を特定しました。TIC介入内で浮上したテーマには、教育的介入、関連する医療専門家や地域組織との協力、患者と臨床医の安全性の介入などが含まれます。教育的介入には、講義、オンラインモジュール、標準化された患者演習が含まれます。健康の社会的決定要因への取り組みに重点を置いた地域組織との協力について述べた研究もあります。すべての介入は、臨床医または患者のいずれかに対して TIC がプラスの影響を与えることを示唆していましたが、アウトカムに関するデータは依然として限られています。

追加のテーマ
 私たちの分析から判明した追加の介入には、次のものが含まれます。
 トラウマのスクリーニングと評価の実施。
 病院と地域のリーダーの両方からリーダーシップの賛同を確保する。
 脆弱な患者集団のための標準化されたTIC プロトコルおよびプログラムの開発。
 救急医療 の環境分析。

Discussion:
 私たちのレビューでは、現在の介入におけるいくつかのギャップを特定しました。それは、普遍的な予防措置の教育の欠如、アウトカムデータの欠如、スタッフ中心の介入の欠如、そして費用対効果分析の欠如です。
 教育主導型とプロトコル主導型の両方で、すべての介入を通じて、すべての患者に対する普遍的な予防策として TIC が採用されることはほとんどありませんでした。私たちのレビューで捉えられたすべての介入は、特定の集団へのアプローチ(つまり、人身売買、性的暴行、地域暴力の生存者)に依存しています。このアプローチは、特定の集団における外傷に対する臨床医の認識を高める可能性があるが、「危険信号」を呈していない患者、または外傷関連の訴えを呈していない患者のニーズには対応していません。

 臨床医は、どの患者が逆境を経験したかを常に予測できるわけではありません。したがって、今後の教育的およびプログラム的な介入では、患者全員に対する普遍的な予防策として TIC を強調する必要があります。

Conclusion:
 この論文は、救急医療セッティングにおけるトラウマに基づいたケア介入に関する最初の体系的なレビューを表しています。レビューの結果は、TIC が救急医療の臨床実践において小さいながらも成長している分野であることを示しています。しかし、救急医療分野における患者と臨床医にとっての潜在的な利点を評価するための追加研究が緊急に必要とされています。TIC介入の普及により、救急医療は患者と臨床医にとって癒しの場所となり得ます。

【開催日】2024年3月6日(水)

早期アルツハイマー病におけるレカネマブ

-文献名-
C.H. van Dyck, C.J. Swanson, P. Aisen, et al. Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease. N Engl J Med. 2023;388(1):9-21.

-要約-
【Abstract】
(背景)可溶性および不溶性のアミロイドβ(Aβ)凝集体の蓄積は、アルツハイマー病における病理学的プロセスを開始または促進する可能性がある。レカネマブは、可溶性アミロイドβプロトフィブリルに高親和性で結合するヒト化IgG1モノクローナル抗体であり、早期アルツハイマー病患者を対象に試験が行われている。
(方法)早期アルツハイマー病(アルツハイマー病による軽度認知障害または軽度認知症)で、ポジトロン断層撮影(PET)または脳脊髄液検査でアミロイドが認められた50~90歳の患者を対象に、18ヶ月間の多施設共同二重盲検第3相試験を実施した。参加者は、レカネマブ静脈内投与群(体重1kgあたり10mgを2週間ごとに投与)とプラセボ投与群に1:1の割合で無作為に割り付けられた。主要評価項目は、CDR-SB※注1(Clinical Dementia Rating-Sum of Boxes;0~18点、スコアが高いほど障害が大きいことを示す)の18ヶ月時点におけるベースラインからの変化であった。主な副次評価項目は、PETによるアミロイド蓄積の変化、アルツハイマー病評価尺度(ADAS-cog14)の14項目の認知機能サブスケールのスコア(ADAS-cog14、0~90点、スコアが高いほど障害が大きいことを示す)、アルツハイマー病複合スコア(ADCOMS、0~1.97点;スコアが高いほど障害が強いことを示す)、Alzheimer’s Disease Cooperative Study-Activities of Daily Living Scale for Mild Cognitive Impairment(ADCS-MCI-ADL;0~53点;スコアが低いほど障害が強いことを示す)のスコアである。
(結果)合計1795人が登録され、898人がレカネマブ投与群、897人がプラセボ投与群に割り付けられた。ベースライン時の平均CDR-SBスコアは両群とも約3.2であった。18ヶ月時のベースラインからの調整最小二乗平均変化量は、レカネマブ群で1.21、プラセボ群で1.66であった(差-0.45;95%CI、-0.67~-0.23;P<0.001)。698人の参加者を対象としたサブスタディでは、レカネマブの方がプラセボよりも脳アミロイド蓄積の減少が大きかった(差-59.1センチロイド;95%CI、-62.6~-55.6 ※注2)。ADAS-cog14スコアでは-1.44(95%CI、-2.27~-0.61、P<0.001)、ADCOMSスコアでは-0.050(95%CI、-0.074~-0.027、P<0.001)、ADCS-MCI-ADLスコアでは2.0(95%CI、1.2~2.8、P<0.001)であった。レカネマブ投与により26.4%に急性注入反応(インフュージョンリアクション)が、12.6%にアミロイド関連画像異常;ARIA-E(頭部MRIでの浮腫性変化)が認められた。 (結論)レカネマブは、早期アルツハイマー病におけるアミロイドのマーカーを減少させ、18ヵ月後の認知機能と機能の測定においてプラセボよりも中等度の低下をもたらしたが、有害事象と関連していた。早期アルツハイマー病におけるレカネマブの有効性と安全性を明らかにするために、より長期間の試験が必要である。(資金提供or研究協力:エーザイ(日)、バイオジェン(米)) ※注1:日本語版CDR(0.5点をMCI、1点以上を認知症として捉えることが多い。各スコアの合計=CDR-SB)
※注2:センチロイドはPETにおけるアミロイド集積量の評価法。若年正常陰性を0、軽度~中等度の典型的アルツハイマー型認知症の平均レベルを100として表現。50センチロイド以上がアルツハイマー型認知症確定診断病理例に相当すると推定されている。

【Introduction】
・アミロイドの除去が認知症の進行を遅らせることが示唆されている。
・抗アミロイド抗体の一つ(アデュカヌマブ、米国商品名:アデュヘルム)は、米国FDAから早期承認を受けている。
・レカネマブ(米国商品名:レケンビ)はヒト化モノクローナル抗体で、可溶性アミロイドβプロトフィブリルに高親和性で結合する。
・早期アルツハイマー病患者を対象に、レカネマブの安全性と有効性を検討する第3相試験を実施した。

【Methods】
・早期アルツハイマー病患者を対象とした18ヶ月間の多施設共同・二重盲検・プラセボ比較試験。
・レカネマブ群(10mg/体重kgを2週ごと投与)とプラセボ群に1:1に無作為割り付けした。
層別化:アルツハイマー病による認知機能障害、抗認知症薬の使用、アポリポ蛋白Eε4キャリアの有無、地理的特性。
・アルツハイマー病および統計学の専門家によるモニタリング委員会が、盲検化されていない安全性データをレビューした。
独立した医療チーム(試験割り当てグループを知らない)がARIA、輸液関連反応、過敏性反応を検討した。
臨床評価者は、安全性評価および試験割り当てグループを知らなかった。
・適格基準:アルツハイマー病によるMCIまたは軽度認知症を有する50~90歳。アミロイド陽性はPETまたは脳脊髄液によるAβ1-42測定により判定した。
・評価項目:省略(Abstract参照)
・統計解析:無益性や有効性に関する中間解析は計画されなかった。有効性の解析は修正ITT解析(レカネマブorプラセボを少なくとも1回投与され、ベースライン評価およびCDR-SB測定を少なくとも1回実施)により実施した。安全性の解析は、レカネマブorプラセボを少なくとも1回投与された参加者集団で評価された。ARIA(アミロイド関連画像異常)は9, 13, 27, 53, 79, 91週目のMRIでモニタリングされた。

【Result(参加者)】 (Figure 1、Table 1参照)
・スクリーニング5967人、無作為化1795人(レカネマブ群898人、プラセボ群897人)、北米・欧州・アジアの235施設にて。
・追跡完了はレカネマブ群729人(81.2%)、プラセボ群757人(84.4%)。修正ITT解析は1734人で実施。
・ベースライン時の参加者の特徴は2群で概ね類似(平均71歳、CDR-SB 3.2/18点、MMSE 25.5点)。非白人が20%強。
【Result(評価項目)】 (Figure 2、Table2参照)※Table2は本ファイルでは省略
・主要評価項目であるCDR-SBはベースラインで約3.2点、18ヶ月後の変化量の補正平均はレカネマブ群で1.21、プラセボ群で1.66であった(-0.45、95%CI、-0.67~-0.23、p<0.001)。 ※「認知症の進行を27%抑制」の数的根拠と思われる。 ・副次評価項目に関して、18ヶ月後の平均変化量は以下の通りであった。  (1) PETでのアミロイド蓄積:レカネマブ群-55.48センチロイド、プラセボ群3.64センチロイド(95%CI:-62.64~-55.60、p<0.001)  (2) ADAS-cog14スコア:レカネマブ群4.14点、プラセボ群5.58点(95%CI:-2.27~-0.61、p<0.001)  (3) ADCOMS:レカネマブ群0.164点、プラセボ群0.214点(95%CI:-0.074~-0.027、p<0.001)  (4) ADCS-MCI-ADL Score:レカネマブ群-3.5点、プラセボ群-5.5点(95%CI:1.2~2.8、p<0.001)

【Result(安全性)】(Table 3参照)
・死亡:レカネマブ群0.7%、プラセボ群0.8%。研究担当医によりレカネマブに関連すると判断された死亡例はなし。
・重篤な有害事象:レカネマブ群14.0%、プラセボ群11.3%。
→急性注入反応(インフュージョンリアクション)(レカネマブ群1.2%/プラセボ群0%)、ARIA-E(浮腫性変化を伴うアミロイド関連画像異常)(同0.8%/0%)、心房細動(同0.7%/0.3%)、失神(同0.7%/0.1%)、狭心症(0.7%/0%)。
・全ての有害事象:両群で発生率は同程度であった。
・投与中止に至った有害事象:レカネマブ群で6.9%、プラセボ群で2.9%。
・レカネマブ群で多かった有害事象は以下の通り。
・急性注入反応(インフュージョンリアクション):レカネマブ群26.4%、プラセボ群7.4%。大部分は軽度~中等度で、初回投与時。
・ARIA-H(出血性変化を伴うアミロイド関連画像異常):レカネマブ群17.3%、プラセボ群9.0%
・ARIA-E(浮腫性変化を伴うアミロイド関連画像異常):レカネマブ群12.6%、プラセボ群1.7%
・頭痛:レカネマブ群11.1%、プラセボ群8.1%
・転倒:レカネマブ群10.4%、プラセボ群9.6%
・ARIA-Eの91%は軽度~中等度で、78%は無症状で、81%は発見後4ヶ月以内に消失した。
ただし参加者の2.8%に症候性ARIA-Eが認められた(症状:頭痛、視覚障害、錯乱など)。

※急性注入反応(インフュージョンリアクション):分子標的薬などの点滴時に一過性の炎症・アレルギー反応が起こされる病態。サイトカイン放出によると考えられている。主な症状は発熱、悪寒、頭痛、発疹、嘔吐、呼吸困難、血圧低下、アナフィラキシーショックなど。
※ARIA(Amyloid-related imaging abnormalities):頭部MRIでのアミロイド関連画像異常のこと。浮腫性変化を伴うものをARIA-E(edema/Effusion)、出血性変化を伴うものをARIA-H(Hemosiderin deposition)と呼ぶ。

【Discussion】
・主要評価項目であるCDR-SBの18ヶ月後の変化量はレカネマブ群でプラセボ群より有利であった。副次評価項目も同様であった。
・CDR-SBスコアの臨床意義については確立されていないが、プロスペクティブに定義された治療差の目標を上回っていた。
・認知症ステージの進行のハザード比についても、プラセボよりもレカネマブが有利であった。
・レカネマブ群におけるARIA-Eの発症率は12.6%、ARIA-Hの発症率は17.3%であった。
ARIA-Eは一般に最初の3ヶ月間に発生し、軽度で無症状であり、4ヶ月以内に消失することが多かった。
ARIA-E(症候性・全て)の発生率は、いずれもApoE ε4ホモ接合体で最も高かった。
・研究限界:18ヶ月間の治療データしか含まれていない。COVID-19流行に伴う介入不実施、評価の遅延、疾患の併発などがあり、脱落率は17.2%に上った。ARIAの発生に関して、参加者や治験担当医師が試験群の割り付けを認識していた可能性がある。
・現在、各種の追加試験が計画・実施されている。
・結論:早期アルツハイマー病患者において、レカネマブは脳アミロイド蓄積を減少させ、18ヶ月後の認知機能および各種の評価項目についてプラセボと比較して中等度の低下・抑制を示したが、有害事象を伴った。早期アルツハイマー病患者におけるレカネマブの有効性と安全性を決定するためには、より長期間の試験が必要である。

【開催日】2023年9月13日(水)

犯罪被害者の心理とその援助について

―文献名
前田真比子, and マエダマイコ. “犯罪被害者の心理とその援助について.” 大阪大学教育学年報 4 (1999): 115-126.

―要約
【要 旨 】
犯罪は、被害者に対して身体的、経済的、社会的に様々な被害を与え、とりわけ精神面での被害は極めて大きく、深刻な問題を生じている。更に周囲の不適切な対応で、被害者は事件後も二重三重の被害にさらされ続けることになる。このような犯罪被害者に対する援助、特に心理的援助を行なうための研究や実践は、欧米に比べて日本は立ち後れている。                                                                 本論文では、第一に犯罪被害者の心理について、被害者のこうむる二次的被害と被害後の心理的反応を中心に述べ、第二に犯罪被害者に対する心理的援助について、まず被害者の回復過程を説明した上で、心理的援助の方法や自助グループの役割について論じている。今後被害者を取り巻く司法、医療、報道などの機関や被害者支援のボランティア組織など、様々な機関において、二次的被害を防ぎ、被害者の回復を援助するための活動が、十分に展開されていくことが望まれる。        

【被害者の心理】
A被害者化-
第一次被害者化、
第二次被害者化(周囲の誤った対応で精神的、社会的に傷つけられること)
第三次被害者化(事件を契機に社会生活を送るのに精神的、物質的に支障をきたすこと)             
B精神的被害―
PTSD、恥、自責、服従(無力となり卑小になってしまった感覚)、加害者に対する病的な増悪、
逆説的な感謝(加害者に向けられる愛情・同一化)、汚れてしまった感じ、性的抑制、諦め、二次受傷、社会経済状況の低下     

【被害者の心理的援助】

A回復の過程 
・知的認識と喪失の説明 → 情緒的受容 → 新しいアイデンティティーの獲得
・安全(身体の統御、ついで環境の統御)→ 想起と服喪追悼(外傷ストーリーを十分語り、その作業によって外相記憶が形を変え、被害者の生活史に統合される段階) →  再結合   
・社会対処モデル:対処レパートリー、問題状況の定義、対処過程、結果、フィードバック過程

B心理的援助の方法
   *被害者の方のニーズによる:経済的援助、精神的援助、情報提供なのか・・・
   ・理不尽な出来事について、繰り返し繰り返し話すことができる(ただし、話したいという時と、触れられたくないという時がある)
   ・悲しみ、怒り、苦しみ、憤りなど、すべての感情を否定されることなく、受け入れてもらえること
    ・同じ境遇や苦痛を切り抜けてきた人と一緒に、心置きなく感情を分かち合い、話し合えること 

C自助グループの役割 

《開催日》2023年6月14日(水)

高齢者における健康的なライフスタルと記憶力低下の関連性:10年間の集団ベースの前向きコホート研究

―文献名-
Jianping Jia,1 Tan Zhao,1 Zhaojun Liu, et al.
Association between healthy lifestyle and memory decline in older adults: 10 year, population based, prospective cohort study.
BMJ. 2023; 380: e072691

―要約-
【背景】
わかっていること:記憶力は日常生活の基本機能であり、年齢が上がるにつれて継続的に低下する。 記憶力低下の 多因子にわたる生物学的原因を考えると、遺伝的に記憶力が低下しやすい人であっても、最適な効果を得るためには、 健康的なライフスタイルの要因の組み合わせが必要かもしれない。記憶に影響を与える可能性のある因子として、加 齢、アポリポ蛋白 E(APOE)ε4 遺伝子型、慢性疾患、生活パターンなどの研究が行われている。

今回わかったこと:APOEε4 対立遺伝子を持つ人を含め、認知的に正常な高齢者において、健康的でポジティブな行 動の組み合わせは、記憶の低下速度を遅くすることと関連している これらの結果は、高齢者を記憶の低下から守るため の公衆衛生上の取り組みに重要な情報を提供するかもしれない。

【目的】 高齢者における記憶力低下を予防するための最適なライフスタイルプロファイルを明らかにする。
【デザイン】 母集団に基づく前向きコホート研究。
【設定】 中国の北、南、西の代表的な地域から参加者を集めた。
【参加者】 60 歳以上で認知機能が正常であり、2009 年のベースライン時に APOE 遺伝子型判定を受けた個人。
【主なアウトカム評価】 参加者は、死亡、中止、または 2019 年 12 月 26 日まで追跡調査された。健康的なライフス
タイルの 6 つの要因を評価した:
①健康的な食事(対象食品 12 品目のうち少なくとも 7 品目の推奨摂取量を遵守)、
②定期的な身体運動(中強度の 150 分以上または強度の 75 分以上、週あたり)、
③活発な社会接触(≧週 2 回)、
④活発な認知活動(≧週 2 回)、
⑤喫煙をしない、またはしたことがない、
⑥アルコールを飲まない。
参加者は、健康的なライフスタイルの要因が 4〜6 個あれば好ましいグループに、2〜3 個あれば平均的なグループに、0
〜1 個あれば好ましくないグループに分類された。記憶機能は WHO/University of California-Los Angeles Auditory Verbal Learning Test(AVLT※)で、グローバル認知機能は Mini Mental State Examination で 評価した。線形混合モデルを用いて、研究対象者の記憶に対する生活習慣要因の影響を調査した。

※AVLT:即時再生、短期遅延自由再生(3 分後)、長期遅延自由再生(30 分後)、長期遅延認識の測定を 行う。テストでは、評価者が 15 個の名詞からなる単語リストを読み、その直後に、参加者はできるだけ多くの単語を繰り 返してもらう。即時再生の得点は 0〜60 点、その他のテストの得点は 0〜15 点であった。標準 z スコアは、それぞれの 平均値と標準偏差のテストスコアに基づいて計算される。記憶機能の複合 z スコアは、各テストの z スコアを平均すること によって構成される。

【結果】
29,072 名の参加者(平均年齢 72.23 歳、女性 48.54%(n=14113)、APOE ε4 キャリア 20.43%
(n=5939)) が対象となった。10 年間の追跡期間(2009-19 年)において、好ましいグループの参加者は好まし くないグループの参加者に比べて記憶の低下が遅かった(0.028 ポイント/年、95%信頼区間 0.023-0.032、P< 0.001)。APOE ε4 のキャリアの中では、好ましいライフスタイル群(0.027、95%信頼区間 0.023 から 0.031)お よび平均的ライフスタイル群(0.014、0.010 から 0.019)は、好ましくないライフスタイルの人々よりも遅い記憶力低 下を示していた。APOE ε4 のキャリアでない人々では、好ましい群(0.029 ポイント/年、95%信頼区間 0.019〜 0.039)および平均群(0.019、0.011〜0.027)で、好ましくない群の参加者と同様の結果が観察された。APOE ε4 の状態とライフスタイルのプロファイルは、記憶力の低下に対して有意な相互作用を示さなかった(P=0.52)。 記憶力低下に対する各生活習慣構成要素の寄与を評価した。その結果、健康的な食事が記憶に対して最も強い影響を与え(β=0.016、95%信頼区間 0.014〜0.017、P<0.001)、次に活発な認知活動(β=0.010、 0.008〜0.012、P<0.001)、規則正しい身体的運動(β=0. 007, 0.005〜0.009, P<0.001)、活発な社 会的接触(β=0.004, 0.002〜0.006, P<0.001)、喫煙をしないまたはしたことがない(β=0.004, 0.000〜 0.008, P0.026)、飲酒しない(β=0.002, 0.000〜0.004, P0.048)の順だった(サプリメント表 6)。 【ディスカッション】 強み:この大規模な研究は、異なるライフスタイルプロファイル、APOE ε4 の状態、およびそれらの相互作用が、10 年 間の追跡期間にわたって縦断的な記憶の軌跡に及ぼす影響を推定した、我々の知る限り初めての研究である。その結 果、遺伝的に記憶力が低下しやすい人を含め、認知的に正常な高齢者では、健康的なライフスタイルが記憶力の低下 速度の緩やかさと関連していることが明らかになった。 このような変化のメカニズムは本研究では明らかにされていないが、脳血管リスクの低減、認知予備能の向上、酸化スト レスや炎症の抑制、神経栄養因子の促進などが考えられる。 弱み: ①ライフスタイル要因の評価は自己報告に基づいており、したがって測定誤差が生じやすい。 ②数名の参加者は、データの欠損やフォローアップ評価のために戻ってこないという理由で除外され、選択バイアスにつな がった可能性がある。 ③不健康な人は研究に参加しにくいので、不健康なライフスタイルを持つ人の割合は、我々の研究では過小評価された かもしれない。 ④我々の研究デザインの性質上、健康的なライフスタイルの維持が、研究への登録時点で既に記憶に影響を与え始め ていたかどうかを評価することはできなかった。 ⑤我々は、記憶機能全体を包括的に反映していない単一の神経心理学的検査を用いて記憶を評価した。 【結論】 健康的なライフスタイルは、APOE ε4 対立遺伝子がある場合でも、より緩やかな記憶力の低下と関連してい る。この研究は、高齢者を記憶力低下から守るための重要な情報を提供するかもしれない。

【開催日】2023年2月8日(水)

コロナウイルス感染症の非入院ワクチン接種患者におけるニルマトルビルおよびリトナビルの経口投与について

―文献名―
Sarju Ganatra, Sourbha S Dani, Javaria Ahmad, Ashish Kumar, Jui Shah, George M Abraham, Daniel P McQuillen, Robert M Wachter, Paul E Sax, Oral Nirmatrelvir and Ritonavir in Nonhospitalized Vaccinated Patients With Coronavirus Disease 2019 (COVID-19), Clinical Infectious Diseases, 2022;, ciac673

―要約-
Introduction:
COVID-19の治療にニルマトレルビルとリトナビル(NMV-r)を併用することで、入院していないワクチン接種を受けていないハイリスク患者を治療すると、重症化するリスクが減少しました。ただし、ワクチン接種を受けた患者における NMV-r の潜在的な利点は分かっていません。

Method:
TriNetX 研究ネットワークを用いて、比較後方視的コホート研究を実施した。ワクチン接種を受け、少なくとも1ヶ月後にCOVID-19を発症した18歳以上の患者を対象とした(2021年12月1日から2022年4月18日の間)。診断後 5 日以内の NMV-r の使用に基づいてコホートを作成した。主要複合転帰は,30 日の追跡調査時の全原因救急室(ER)受診,入院,死亡とした.副次的転帰には,主要転帰の個々の要素,多系統の症状,COVID-19 に関連する合併症,診断検査の利用が含まれた.(複合主要エンドポイントである全原因ER受診、入院、死亡の各要素。COVID-19の診断から30日以内のさまざまな全身および非特異的症状(体質、心肺、消化器、神経系および筋骨格系症状、におい/味覚変化)、全身合併症(心血管系、呼吸器、消化器、気分障害)、診断検査(放射線診断検査、心血管診断検査[心エコー図および心臓リズムモニター])実施率)。Figure1

COVID-19を発症した非入院ワクチン接種患者を,診断後5日以内のNMV-rの使用に基づいて2つのコホートに分けた.NMV-rを使用したコホートとNMV-rを使用しなかったコホートである.連続変数については独立標本のt検定を用いてコホートを比較し、平均値(範囲)として報告した。カテゴリー変数はカウント(%)で報告し、カイ二乗(χ2)検定で比較した。患者コホートのベースラインの違いを制御するために、0.1プールの標準差(SD)のキャリパーで貪欲な最近傍アルゴリズムを使用する組み込みアルゴリズムを活用して、臨床的に関連性のある特性について1:1 PSMが実行された。コホート間の標準化平均差が0.1より小さい特性は、よくマッチしているとみなされた。傾向マッチング後、関連性の尺度としてχ2検定を用い、主要アウトカムと副次アウトカムについて95%信頼区間(CI)付きのオッズ比(OR)を算出した。相対的リスク低減は、治療群(NMV-r)と対照群(非NMV-r)の間の絶対リスク低減を対照群の絶対リスクで割ったものとして算出した。生存解析は、ログランク検定によるKaplan-Meier曲線のプロットとハザード比(HR)の算出により、2つのコホートを比較した。統計的有意性は、両側P値が0.05未満とした。統計解析は、R for statistical computing(R Foundation for Statistical Computing)を使用したTriNetXオンラインプラットフォームで完了した。

感度分析として、観察研究における未測定の交絡因子や省略された共変量によるバイアスに対する頑健性を確認する指標であるE値を、主要アウトカムと副次アウトカムの両方について測定した[13]。E値が高いほど、共変量の効果推定値を否定するために、より強い未測定の交絡因子が必要であることを意味し、因果関係の可能性が高くなる。

患者のベースライン特性をtable1に示します。PSM の後、2 つのグループのベースライン特性は類似しており、残留不均衡は見つかりませんでした (含まれる共変量の標準差 <0.1)

Results:
主要アウトカム
NMV-r コホートの 89 人 (7.87%) の患者と非 NMV-r コホートの 163 人 (14.4%) の患者で、30 日間のすべての原因による ER 訪問、入院、または死亡の主要な複合結果が発生しました (OR: .5; 95% CI: .39–.67; P  < .005)、45% の相対リスク低下と一致します(Table 2)。さらに、NMV-r を投与された患者は、30 日間の無病生存率が高かった (88.15% vs 84.16%; HR: .67; 95% CI: .52, .87; P  = .002) (Figure 2).

副次的アウトカム
全原因、ER訪問(82 vs 142; OR: .55; 95% CI: .41-.73; P < .05)および入院(10 vs 23; OR: .43; 95% CI: .2-.9; P = .02)は、COVID-19患者においてNMV-rを受けた群に有意差がみられた。10人の死亡が認められたが、すべてNMV-rを投与していないコホートで、NMV-rを投与した群では死亡はなかった(P < .05)(Table 2)。NMV-rを投与された患者では、体質、心肺、胃腸、神経、筋骨格系の症状が少なかった。また、嗅覚・味覚の変化については、2つのコホート間で有意差は認められませんでした。全体として、下気道感染症、不整脈、不安・気分障害などの全身性合併症は、NMV-rのコホートでは非NMV-rのコホートに比べてより少ない頻度でみられた。胃腸炎、大腸炎、下痢の発生には差がなかった。さらに、NMV-rを投与された患者は、NMV-rを投与されなかった患者に比べ、放射線診断検査の利用が少なかった。心血管診断検査は、両コホートでほぼ同じであった(Table 2, Figure 3)。

Discussion:本研究にはいくつかの限界がある。最も重要なことは、傾向マッチングを用いて治療群と非治療群のベースラインの差を慎重にコントロールする努力をしたにもかかわらず、測定不能な交絡が結果に影響を及ぼす可能性があるということである。したがって、感度分析を行った結果、この知見は測定不能な交絡因子によるものである可能性は極めて低いことが示された。電子カルテから収集されたレトロスペクティブなデータは必ずしも正確ではないが、より客観的な臨床検査結果を入手することができた。ワクチンや臨床結果を含む臨床データは、この研究ネットワークに参加している医療機関以外の患者でも発生した可能性があります。もしそうであれば、そのような患者は誤って分類された可能性がある。しかし、この制限は、おそらく治療群と未治療群の両方に適用されるでしょう。COVID-19に直接関連する入院を扱ったEPIC-HR試験とは異なり、ここでは原因別の転帰ではなく、全原因入院、ER訪問、死亡率を評価した。これらの結果は,COVID-19に関連しない疾患によって生じた可能性もあるが,臨床の現場でも,特にウイルス感染が病状を不安定にすることが知られている内科的合併症を持つ患者において,COVID-19が入院に寄与しているのか,偶発的な所見なのかを評価することは困難な場合がある。ERへの訪問はプライマリーケアへのアクセスに影響される可能性があり、場合によっては患者がNMV-rの処方を受けた場所かもしれないため、入院または死亡のみを対象とした感度分析でもNMV-rの有益性は同等であることが示された。

以上より,COVID-19合併症のリスクが高いワクチン接種患者におけるNMV-rの評価は,治療とER訪問,入院,死亡のリスク低減との間に強い関連を示した.COVID-19の症例は,ワクチン接種の普及にもかかわらず依然として発生しており,これらのデータは,ワクチン接種の有無にかかわらず,この脆弱な集団に抗ウイルス療法を実施することを支持するものである.さまざまな患者集団におけるNMV-rの継続的な前向き臨床試験により、治療の利点と危険性がより正確に定義されるでしょう。

 

Figure 1

TriNetX 研究ネットワーク (n=88,651,969 ; HCO 59)
2021年12月1日~2022年4月18日にSARS-CoV-2感染またはCovid-19を発症した患者(接種後少なくとも1ヶ月以上経過した患者)のうち、対象基準を満たさない患者(n=88,404,729)
≧18歳以上のワクチン接種者がワクチン接種後1ヶ月以上経過した時点でSARS-CoV-2感染陽性またはCovid-19と診断された場合(n=231,098、HCOs 40)
初回入院が必要な患者、または回復期血漿、モノクローナル抗体、モルヌピラビルによる治療を受けた患者(n=119,510)
入院せずにワクチン接種を受け,SARS-CoV-2感染またはCovid-19の検査で陽性となり,5日以内にNMV-rによる治療を受けなかった者(n=110,457; HCO 37)
入院せずにワクチン接種を受け、SARS-COV-2感染またはCovid-19が陽性で、5日以内にNMV-rによる治療を受けた患者(n=1,131、HCO 12)

 

Table 1 Baseline Characteristics
こちらのリンクより)

Table 2.
Outcomes Comparison at 30 Days

Figure 3. This forest plot demonstrates the odds ratios with 95% confidence intervals for primary and secondary …

【開催日】2023年2月1日(水)