アナフィラキシーに対するエピネフリン点鼻薬(Epinephrine nasal spray for anaphylaxis)

※この時期のUpToDateにある”What’s new in family medicine”のTopicで参考にされている文献です。

-文献名-
Thomas B Casale, et al. Adult pharmacokinetics of self-administration of epinephrine nasal spray 2.0 mg versus manual intramuscular epinephrine 0.3 mg by health care provider. J Allergy Clin Immunol Pract. 2024 Feb;12(2):500-502.e1. doi: 10.1016/j.jaip.2023.11.006. Epub 2023 Nov 10.

-要約-
<臨床的意義>
 鼻腔内エピネフリン(以下、ネフィ)の自己投与により、医療従事者による筋肉内エピネフリン投与と同等かそれ以上の薬物動態および薬力学的反応が得られた。針を使わない代替手段が利用できることで、不安が軽減され、エピネフリン投与の遅れが減る可能性がある。

 院外における重度のアレルギー反応やアナフィラキシーの効果的な治療には、患者や介護者がエピネフリンを迅速かつ正確に投与することが必要です。しかし、エピネフリン自動注射器 (EAI) は不便で扱いにくいと考えられており、最大 83% の患者や介護者が EAI を投与しなかったり、使用を遅らせたりしている。重度のアレルギー反応やアナフィラキシー事象は、特に迅速に治療すれば、命に関わることはめったにないが、治療が遅れると、二相性反応や死亡率などの罹患率が高くなる。ネフィは、アナフィラキシーを含む (タイプ I) アレルギー反応の緊急治療の追加オプションとして研究されている針なしの鼻腔内エピネフリンスプレーであり、治療への不安や遅延を軽減できる可能性がある。

 アナフィラキシー患者を対象とした臨床試験の実施を制限する倫理的障壁のため、ネフィの開発戦略は薬物動態 (PK) および薬力学 (PD) 評価に重点を置いた。臨床試験では、ネフィの PK および PD プロファイルが承認済みのエピネフリン製品に類似していることが示されている。1型アレルギーの治療に処方されるすべてのエピネフリン製品と同様に、ネフィは院外環境での使用を目的としている。したがって、自己投与後のネフィの PK および PD を示す必要がある。
 この研究では、医療従事者(HCP)が針と注射器でエピネフリン 0.3 mg を筋肉内(IM)注射した場合(IM 0.3 mg)と比較して、自己投与したネフィ 2.0 mg の PK と PD を評価した。これは、アレルギー性鼻炎の病歴を持つ患者を対象とした、第1相、単回投与のランダム化クロスオーバー試験として行われた。患者は、1つの鼻孔に自己投与するネフィ 2.0 mg の単回投与とクロスオーバー方式で HCP 投与される 0.3 mg (21 ゲージ × 1 インチ針) の IM 単回投与を受けるようにランダムに割り当てられた。ラベルに従って、IM注射は大腿部の前面外側に投与された。投与前と投与後 360分までに血液サンプルを採取した。収縮期血圧(SBP)、拡張期血圧 (DBP)、脈拍数 (PR) などの薬力学的測定値は、投与前と投与後 120 分までに評価された。タイプ 1 の誤差率が 5% の検出力計算に基づいて、30 人以上の患者でサンプル サイズが適切であると見なされた。
 この研究は、Novum独立機関審査委員会の承認を受け、適正臨床実践基準およびヘルシンキ宣言に従って実施された。すべての患者は、スクリーニング前に書面によるインフォームドコンセントを提出した。
 アレルギー性鼻炎の既往歴のある患者45名が登録された(男性57.8%、年齢23~53歳、平均±SD体重81.0±14.4kg、平均±SD体格指数27.2±3.1kg/m2 )。
45 名の患者のうち 41 名 (91.1%) が試験を完了した。2 名の患者は期間 1 に IM 0.3 mg を投与された後に試験を中止した。これらの患者には PK データがない。さらに 2名の患者が期間 1 を完了したが、期間 2 の前に試験を中止した。これらの患者のうち 1名は期間 1 にネフィを投与され、もう 1名は IM 0.3 mg を投与された。これらの患者については期間 1 の PK データが収集された。スクリーニング中、患者は使用説明書、クイックリファレンスガイド、およびビデオを確認して、ネフィの使用方法に関する 1回のトレーニングセッションを受けた。スクリーニング後、患者には追加の指示は提供されなかった。42人の患者全員がネフィを正しく自己投与した。
全体的に、ネフィはIM 0.3 mgと比較してより高いエピネフリン曝露をもたらした(図1)。

 ネフィの安全性プロファイルは、有害事象を含め、IM 0.3 mg と同様だったが、鼻の症状(鼻の不快感や鼻漏など)はネフィ投与後に多く発生した。
 これは、自己投与後のエピネフリンの PK と PD を調べた最初の研究である。HCP による針と注射器を使用した手動のエピネフリン注射が、EAI の承認の根拠となったため、比較対象として選択された。
 自己投与後、ネフィ 2.0 mg は、以前の研究でも報告されているように、ネフィ後の SBP のより顕著な上昇を含め、医療従事者による IM 注射と同等かそれ以上の PK および PD プロファイルをもたらした。この異なる SBP 反応は、ネフィの鼻腔内投与により、骨格筋への直接注射の結果として生じる β 2媒介血管拡張が回避され、それによって DBP の低下が最小限に抑えられ、結果として SBP の上昇が抑制されるためであると考えらる。この DBP の維持は、冠血流のより確実な維持をもたらすため、アナフィラキシーの治療に有利である可能性がある。ただし、ネフィのより顕著な SBP 反応は、承認された注射製品の範囲内であることに注意することが重要である。さらに、高濃度であっても、エピネフリンの安全性は 3つの異なるメカニズムによって支えられている。(1) 一般に、エピネフリンの心臓および代謝作用は約 1,000 pg/mL の濃度で完全に発現し、血漿エピネフリン濃度のさらなる上昇は SBP のさらなる上昇にはつながらない。 (2) エピネフリンの血管収縮作用は主に α 1受容体活性化によって媒介され、β 2媒介血管拡張によって減弱され、血圧の調節をもたらす。(3) 意図しない完全/部分ボーラス注入の場合を除き、HR の上昇は代償性迷走神経反射によって制限される。
 この研究の利点は、関連性の高い比較対象者と代表的な体格指数を持つ被験者を用いて実施されたことだが、倫理的な制限により、アナフィラキシー条件下では実施されなかった。
 これらの結果を総合すると、ネフィは安全で使いやすいエピネフリン投与オプションであり、重度のアレルギー反応やアナフィラキシーの治療に有効である可能性がある。

【開催日】2024年12月4日

慢性腎臓病におけるSGLT2阻害薬の長期効果

-文献名-
W.G.Herrington.et al. Long-Term Effects of Empagliflozin in Patients with Chronic Kidney Disease. The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE. Oct 25, 2024

-要約-
●Abstract
【Background】
 EMPA-KIDNEY試験において、ナトリウムグルコース共輸送体2(SGLT2)阻害薬であるエンパグリフロジンは、病勢進行リスクのある慢性腎臓病患者において心腎系に良好な効果を示した。試験後の追跡調査は、試験薬中止後にエンパグリフロジンの効果がどのように進展するかを評価するために計画された。

【Methods】
 本試験では、慢性腎臓病患者をエンパグリフロジン(10mg、1日1回投与)またはプラセボのいずれかに無作為に割り付け、中央値で2年間追跡した。全患者は、推定糸球体濾過量(eGFR)が体表面積1.73m2あたり毎分20ml以上45ml未満、またはeGFRが1.73m2あたり毎分45ml以上90ml未満で、尿中アルブミン/クレアチニン比(アルブミンはミリグラム、クレアチニンはグラムで測定)が200以上であった。その後、同意を得た生存患者はさらに2年間観察された。試験後の期間にはエンパグリフロジンやプラセボは投与されなかったが、地域の開業医は非盲検のエンパグリフロジンを含む非盲検のSGLT2阻害薬を処方することができた。プライマリアウトカムは腎臓病進行または心血管死であり、有効試験開始時点から試験終了時点までに評価された。

【Results】
 EMPA-KIDNEY試験で無作為化を受けた6609例のうち、4891例(74%)が試験後の追跡調査に登録された。この期間中、オープンラベルのSGLT2阻害薬の使用は両群で同程度であった(エンパグリフロジン群43%、プラセボ群40%)。試験期間中および試験後を合わせた期間において、プライマリアウトカムイベントはエンパグリフロジン群3304例中865例(26.2%)、プラセボ群3305例中1001例(30.3%)に発現した(ハザード比、0.79;95%信頼区間[CI]、0.72~0.87)。試験後期間のみ、プライマリアウトカムイベントのハザード比は0.87(95%CI、0.76~0.99)であった。期間中、腎疾患進行リスクはエンパグリフロジン群で23.5%、プラセボ群で27.1%、死亡または末期腎疾患の複合リスクはそれぞれ16.9%、19.6%、心血管死リスクはそれぞれ3.8%、4.9%であった。非心血管死(両群とも5.3%)に対するエンパグリフロジンの影響はみられなかった。

【Conclusion】
 進行リスクのある広範な慢性腎臓病患者において、エンパグリフロジンは投与中止後最大12ヵ月間、心腎系への追加的な有効性が継続した。
(Boehringer Ingelheim社他より資金提供)

【開催日】2024年11月13日

月経困難症の薬物治療(低容量エストロゲン・プロゲスチン配合薬とプロゲスチン製剤)

-文献名-
Masaru Iwata. Efficacy of Low-Dose Estrogen–Progestins and Progestins in Japanese Women with Dysmenorrhea: A Systematic Review and Network Meta-analysis. Advances in Therapy. 2002; 39: 4892-4909.

-要約-

Key point
なぜこの研究を行うのか?
日本人女性において、月経障害は仕事上の障害の主な原因であり、月経困難症は最も一般的な月経症状の一つである。したがって、月経困難症の疾病負担を改善することは、特に日本では不可欠である。月経困難症に対するプロゲスチン単独および低用量エストロゲン・プロゲスチン(LEPs)の有効性については十分な検討がなされていないため、本研究では、日本人女性における月経困難症の治療に使用可能なLEPsとプロゲスチンとの有効性の差を評価するために、システマティックレビュー、メタアナリシス、ネットワークメタアナリシスを行った。
この研究から何がわかったか?
直接メタアナリシスでは、原発性月経困難症における超低用量ノルエチステロン/エチニルエストラジオール(=ルナベルULD)の周期的レジメンを除き、いずれのタイプの月経困難症においても、またいずれのアウトカムにおいても、すべての薬剤とプラセボとの間に有意差を認めた、 また、8つのランダム化比較試験を含む間接的なネットワークメタ解析では、二次性月経困難症においてジエノゲストとノルエチステロン/エチニルエストラジオールの周期的レジメンの間にVASで有意差を認めたが、その他の薬剤間に差は認められなかった。LEPsとジエノゲストが原発性および続発性月経困難症に有効であることを確認し、治療成績の改善には周期的レジメンよりも継続的レジメンの方が有効である可能性を示唆した。

Introduction
月経困難症は月経に関わる症状として最も一般的であり、月経期の下腹部痛、腹部膨満感、悪心、嘔吐、頭痛、めまいなどの症状を特徴とし、QOLや生産性に悪影響を及ぼす。
原発性月経困難症は、原因となる疾患に関連しない月経痛であり、初経後2〜3年で発症することが多い。続発性月経困難症は主に生殖器の疾患(子宮腺筋症、子宮内膜症、子宮線維腫症)と関連している。子宮内膜症は、約70%の女性にみられる続発性月経困難症の原因であり、原発性月経困難症よりも長く続く月経困難症を引き起こすことが知られている。
原発性月経困難症と思われている患者の中に続発性が多く含まれる、原発性から続発性への移行がみられるといった報告もあり、明確な区別が難しい疾患群かもしれません。
日本人女性における月経困難症に対するLEPsおよびプロゲスチンの有益な効果を示唆する研究はいくつかあるが、薬剤間の有効性の差は依然として不明である。

Methods
MEDLINE、Cochrane Library、医中誌のデータベースを検索して研究を同定し、原発性および続発性の月経困難症に対するLEPおよび黄体ホルモンを評価するために、全月経困難症スコアおよびvisual analogue scale(VAS)を転帰尺度として用いたRCTを対象とした。メタアナリシスおよびネットワークメタアナリシスにより結果を分析した。

2021年8月31日以前に発表された研究が対象。RCTまたはRCTのSR、日本で実施された研究で日本語もしくは英語のもの。参考文献リストから手作業で検索、未発表論文がないか確認済み。集められた論文の質の評価は Cochrane risk of bias tool を用いて評価した。
Results
8件のRCTに関する10件の論文を同定し、7剤(LEPs6剤とプロゲスチン1剤)とプラセボを解析に含めた。
メタアナリシスでは、プラセボと比較して、ほぼすべての薬剤で月経困難症の総スコアとVASの改善が認められた。

Fig.2それぞれの薬剤とプラセボとの比較
(DRSP/EEの周期投与と連続投与の比較は含まれない)
a:原発性 月経困難症スコア
b:原発性 VASスコア
c:続発性 月経困難症スコア
d:続発性 VASスコア
参考:
ネットワークメタアナリシスでは、続発性月経困難症のVASはNET/EE LD(周期投与)よりもDNGでより改善した。(平均差25.84[95%CrI44.46〜7.15])
投与レジメンの比較では、LEPs(周期投与)よりもプロゲスチン持続投与でVASが改善し、LEPs(周期投与)よりもLEPs(延長投与)とプロゲスチン持続投与でSUCRA(surface under the cumulative ranking)が高くなった。







Discussion
月経困難症スコア、VASスコアともに治療群とプラセボ群の間には有意差がみとめられた。
続発性月経困難症でDNGがなぜ有効なのか?LEPsでは休薬期間に消退出血と骨盤痛を伴うがDNGにはないこと、高い黄体ホルモン活性による抗炎症作用と抗増殖作用が期待されることが理由になるだろう。子宮内膜症の治療容量の半分であることには注意。
LEPsの周期投与と連続投与の比較については、無月経期間(消退出血を含む)を長く作ることで疼痛が軽減された可能性が考えられる。消退出血頻度が少なくなることで「月経困難」の重症度が下がるか?という点については今回は評価されていない。
研究の限界としては、評価地点が月経周期の中で統一されていないこと、製薬会社主導の研究が多いこと、パブリケーションバイアス、集められた研究の数が少ないことが当てはまる。

参考pdf
https://med.mochida.co.jp/tekisei/dng202003.pdf

LEPsの種類について
黄体ホルモン:アンドロゲン作用の順でNET→LNG→DSG→DRSP
NET/EE ルナベルLD/ULD
LNG/EE トリキュラー(アンジュ)、ジェミーナ(連続投与)
DSG/EE マーベロン
DRSP/EE ヤーズ、ヤーズフレックス(連続投与)

副作用について
今回の論文では触れられていないが、DNGはLEPsと比較して血栓症発生リスクは有意に低い。一方で不整性器出血の割合はかなり高い。
周期投与と延長投与に関しては、延長投与での有意な血栓症発生リスクの増加は示されていないが、不整性器出血のリスクはあがることが示されている。悪性腫瘍に関しての報告はみつけられなかった。

【開催日】2024年11月6日

認知症BPSDに対する第2世代(非定型)抗精神病薬の比較

-文献名-
Lü W, Liu F, Zhang Y, et al. Efficacy, acceptability and tolerability of second-generation antipsychotics for behavioural and psychological symptoms of dementia: a systematic review and network meta-analysis. BMJ Ment Health. 2024;27:1-8.

-要約-
●Abstract(全文)
【Background】
 BPSDは多くの認知症患者に認められる。BPSDの治療には第2世代(非定型)抗精神病薬(SGAs)がよく用いられるが、その有効性や受容性について比較した際の特徴は不明である。
【Methods】
 標準化平均差(SMD、(平均値の差)/(各群の標準偏差の平均値))を用いて、連続アウトカムについての固定効果をプールした。カテゴリ変数に対応するオッズ比と95%信頼区間を算出した。受容性(Acceptability、有効性+安全性の混合)は全ての原因による脱落率として定義され、忍容性(Tolerability)は有害作用による中止率として定義された。治療効果の順位は累積順位曲線下面積(SUCRA:Surface Under the Cumulative Ranking Curves)によって決定した。有害アウトカムには、死亡、脳血管有害事象、転倒、(過)鎮静、錐体外路症状、尿路症状が含まれた。
【Results】
 このネットワークメタアナリシス(NMA)には20件のランダム化比較試験が含まれ、5種類の第2世代抗精神病薬(クエチアピン、オランザピン、リスペリドン、ブレクスピプラゾール、アリピプラゾール)について、合計6374人の結果が含まれた。介入期間は6週間〜36週間であった。
 有効性の評価では、プラセボ群と比較してブレクスピプラゾールの有効性が高く(SMD=-1.77、95%CI:-2.80~-0.74)、ブレクスピプラゾールはクエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールよりも有効であった。
 受容性の評価では、アリピプラゾールのみがプラセボよりも優れており(OR=0.72、95%CI:0.54~0.96)、アリピプラゾールはブレクスピプラゾールよりも優れていた(OR 0.61、95%CI:0.37~0.99)。
 忍容性の評価では、オランザピンはプラセボと比較して最も悪く(OR=6.02、95%CI:2.87~12.66)、リスペリドン(OR=3.67、95%CI:1.66~8.11)やクエチアピン(OR=3.71、95%CI:1.46~9.42)と比較しても悪かった。アリピプラゾールはオランザピンと比較して優れていた(OR=0.25、95%CI:0.08〜0.78)。クエチアピンは脳血管有害事象の点で良好な安全性を示した。ブレクスピプラゾールは転倒や(過)鎮静の点で良好な安全性を示した。
【Conclusion】
 ブレクスピプラゾールはBPSDの治療において高い有効性を示しており、アリピプラゾールは最も受容性が高く、オランザピンは忍容性が最も悪かった。この研究結果は意思決定の指針として活用できるかもしれない。

●Introduction
・これまでのランダム化比較試験では、第2世代抗精神病薬はBPSDにわずかな改善をもたらす一方、重篤な有害事象(特に(過)鎮静、錐体外路症状、脳血管イベント、死亡)を引き起こす可能性があると示唆されている。FDAは以前、抗精神病薬の使用に関する警告を出した。
・しかし第2世代抗精神病薬は、未だに患者の12.3~37.5%で使用されている。
・最も有益かつ安全な抗精神病薬を探る際に、一対一の比較研究を基にしたメタアナリシスでは限界があったが、ネットワークメタアナリシス(NMA)は複数の介入試験を比較してエビデンスを生成することで見識を深められる可能性がある。
・本研究ではネットワークメタアナリシスを用いることで、BPSDに関する比較試験を評価し、様々な第2世代抗精神病薬の有効性・受容性・忍容性に関する最初のエビデンスを示すことを目的としている。

●Methods
・適格基準
・本研究はシステマティックレビュー・メタアナリシスに関するPRISMAガイドラインに則って行われた。
・この研究にはアルツハイマー型認知症、血管性認知症、混合型認知症が含まれた(診断は研究著者によって定義された)。
・患者の年齢や認知症の重症度による制限は設けなかったが、パーキンソン病やレビー小体型認知症、認知症に関係のないその他の精神疾患(うつ病、せん妄、統合失調症など)、管理不良な身体疾患(心血管疾患、感染症など)は除外された。
・患者には、何らかの第2世代抗精神病薬によるBPSD治療が行われていた。
・主要アウトカムは有効性と受容性であった。
・有効性は、標準化されたスケール(例:CMAI、NPI、BPRS)で測定されたスコアの変化で定義された。
・受容性は全ての原因による脱落率として定義され、有効性と忍容性を包含した。
・副次評価項目は忍容性で、有害作用による治療中止として定義された。有害作用には死亡率、脳血管有害事象、転倒、(過)鎮静、錐体外路症状、尿路症状が含まれた。
・このシステマティックレビューには、ランダム化比較試験(RCT)のみが含まれていた。
・検索戦略
・第2世代抗精神病薬とBPSDについての研究について、データベースの開始から2023年12月までに、英語で発表された文献について、PubMed、Embase、Web of Science、Cochrane Trial Registerで検索した。
・2名のレビュアーが収集や評価に関与した。
・必要に応じて追加情報や欠損したデータについて著者に連絡を取った。
・データ収集
・論文情報、参加者の情報(年齢、性別、サンプルサイズ、認知症のタイプ、ベースラインのMMSEなど)、介入の特徴(第2世代抗精神病薬の種類と投与量、投与期間など)を収集した。
・データ分析
・Stata/SE(V.15.1)と頻度主義的フレームワークを用いてネットワークメタアナライシスを実行した。
・累積順位曲線下面積(SUCRA:Surface Under the Cumulative Ranking Curves)を用いて、仮想治療と比較した各治療の有効性、受容性、忍容性の確率を計算した。
・コクラン共同計画が推奨する「risk of bias 2」を用いて、選択バイアス、実行バイアス、検出バイアス、減少バイアス、報告バイアス、その他のバイアスを評価した。出版バイアスについてはファンネルプロットで示した。主要アウトカムに関する感度分析は、バイアスリスクが高い研究を除外して実施した。
・各研究の信頼性は、CINeMAアプローチを用いて評価した。

●Results
・一次検索で874件の研究論文が選択されたが、論文の重複やタイトル・抄読の内容などから除外し、20件(→受容性と忍容性の評価)19件(→有効性の評価)のRCTをメタアナリシスに含めた(PRISMAフローチャートは本文参照)。
・研究の特性
・発表期間:1999年から2023年
・サンプルサイズ:各研究40人~652人、合計6374人
・介入期間:6週間~36週間
・用いられた第2世代抗精神病薬:5種類(クエチアピン、オランザピン、リスペリドン、ブレクスピプラゾール、アリピプラゾール)
・主要アウトカム:CMAI、NPI、BEHAVE-AD、BPRS、PANSS
・セッティング:ほとんどが高齢者施設で行われた
・バイアスの評価、非一貫性の評価
 略
・類似性の評価
・参加者の平均年齢は79.90歳、女性が67.32%(4197/6234)を占めていた。
・ほとんどの患者はアルツハイマー型認知症と診断され、MMSEの平均は11.32点であった。
・平均介入期間は11.3週間であった。
・年齢、性別、診断の頻度は各研究間で同等であった(本文Table 1参照)
・有効性の評価(Table 2、Sup. material 10)
・プラセボと比較してブレクスピプラゾールが最も有効性が高く(SMD= -1.77、95%CI:-2.80~-0.74)、クエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールよりも有意に優れていた。
・累積順位曲線下面積(SUCRA)による解析では、全ての第2世代抗精神病薬がプラセボより有効性に優れていた。5つの第2世代抗精神病薬の中ではブレクスピプラゾールが最も優れており、次いでリスペリドン、クエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールの順であった。・受容性、忍容性の評価(Table 3:オレンジが受容性、灰色が忍容性を示す)
・受容性の評価では、プラセボと比較してアリピプラゾールのみが優れており(OR=0.72、95%CI:0.54~0.96)、ブレクスピプラゾールと比較しても有意に優れていた(OR=0.61、95%CI:0.37~0.99)。また累積順位曲線下面積(SUCRA)による解析では、アリピプラゾールとリスペリドンがプラセボよりも受容性に優れていた。
・忍容性の評価では、プラセボと比較してオランザピンは最も悪く(OR=6.02、95%CI:2.87~12.66)、リスペリドン(OR=3.67、95%CI:1.66~8.11)やクエチアピン(OR=3.71、95%CI:1.46~9.42)と比較しても不良であった。アリピプラゾールは、オランザピンと比較して忍容性が優れていた(OR=0.25、95%CI:0.08〜0.78)。また累積順位曲線下面積(SUCRA)による解析では、全ての第2世代抗精神病薬がプラセボよりも忍容性が悪かった。・感度分析においてバイアスのリスクが高い2件の研究を削除した後でも、有効性と受容性の結果は概ね上記と一致していた。
・有害作用の評価
・死亡率 
 4研究で報告された(クエチアピン、リスペリドン、オランザピンを含む)。NMAではいずれもプラセボと有意差がなく、また互いに有意差がなかった。SUCRAによるとプラセボの安全性が最も高かった。
・脳血管有害事象
 5研究で報告された(クエチアピン、リスペリドン、オランザピンを含む)。NMAではプラセボと比較して、リスペリドンは脳血管有害事象を有意に増加させていた(OR=4.01、95%CI:1.48〜10.90)。SUCRAによると(プラセボよりも)クエチアピンの安全性が最も高かった。
・転倒
 15研究で報告された(クエチアピン、リスペリドン、オランザピン、ブレクスピプラゾール、アリピプラゾールを含む)。NMAではいずれもプラセボと有意差がなく、また互いに有意差がなかった。SUCRAによると(プラセボよりも)ブレクスピプラゾールの安全性が最も高かった。
・(過)鎮静
 16研究で報告された(クエチアピン、リスペリドン、オランザピン、ブレクスピプラゾール、アリピプラゾールを含む)。NMAではプラセボと比較して、クエチアピン(OR=5.04、95%CI:3.24~7.83)、オランザピン(OR=3.68、95%CI:2.43~5.55)、リスペリドン(OR=2.51、95%CI:1.91~3.31)、アリピプラゾール(OR=2.74、95%CI:1.25~6.02)で鎮静のリスクが有意に増加していた。リスペリドンはクエチアピンと比較して鎮静リスクが有意に低下した(OR=0.50、95%CI:0.32~0.79)。SUCRAによると、プラセボに次いでブレクスピプラゾールの安全性が高かった。
・錐体外路症状
 9研究で報告された(クエチアピン、リスペリドン、オランザピン、ブレクスピプラゾールを含む)。NMAではプラセボと比較して、リスペリドン(OR=2.35、95%CI:1.62~3.39)やオランザピン(OR=2.57、95%CI:1.43~4.63)は錐体外路症状を有意に増加させていた。SUCRAによると(プラセボよりも)クエチアピンの安全性が最も高かった。
・尿路症状
 13研究で報告された(クエチアピン、リスペリドン、オランザピン、ブレクスピプラゾール、アリピプラゾールを含む)。NMAではプラセボと比較して、クエチアピンは尿路症状を有意に増加させていた(OR=2.73、95%CI:1.34~5.54)。

●Discussion
・本試験の第一の強みは、ブレクスピプラゾールに関する研究を組み入れたことである。
・ブレクスピプラゾールはプラセボ、クエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールよりも有意に有効性が高いと分かった。注目すべきは、ブレクスピプラゾールの有効性が(攻撃的な行動と関係する)CMAIによって測定されていたことであり、介護者や医療システムにとって有益である可能性を示唆している。
・受容性(有効性+忍容性)については、アリピプラゾールがプラセボやブレクスピプラゾールよりも有意に優れていた。興味深いことに本研究は、アリピプラゾールが最高の第2世代抗精神病薬であるとも示しており、BPSD治療におけるアリピプラゾールの可能性が示唆される。
・忍容性については、オランザピンがプラセボ、リスペリドン、クエチアピン、アリピプラゾールと比較して有意に悪かった。
・本研究は、BPSDに対して最も受容性が高いのはアリピプラゾール、最も効果が高いのはブレクスピプラゾール、有害作用が最も多いのはオランザピンであると明らかにした。多くの被験者を対象とした本研究は、これまでの臨床研究・レビューとほぼ一致している。
・本研究の限界として、①解析に薬剤用量を考慮しなかった(できなかった)こと、②アルツハイマー型以外の認知症患者を含む研究がごくわずかであったこと、③ほとんどが高齢者施設で行われた研究であったこと、などが挙げられる。

●Footnotes(脚注)
・Funding:四川大学West China Hospitalの1.3.5プログラム、および中国の国家重点研究開発計画からの助成金により支援された。

【開催日】2024年10月9日

公共の場でサージカルマスクを着用することにより、「風邪」を予防できるか?成人を対象とした実用的ランダム化優越性試験

-文献名-
Solberg RB, Fretheim A, et al. Personal protective effect of wearing surgical face masks in public spaces on self-reported respiratory symptoms in adults: pragmatic randomised superiority trial. BMJ. 2024; 386: e078918.

-要約-
(このトピックについて既に分かっていること)
感染防御策としてのフェイスマスクの有効性は分かっていない。観測研究では、フェイスマスクが呼吸器感染症のリスクを低減することが示唆されている。しかし、無作為化試験から得られた知見は、統計的検出力が不十分であるなど、方法論的限界のために非常に不確かなものである。
(この研究の目的)
公共空間におけるサージカルフェイスマスクの着用が14日間の自己申告の呼吸器症状発現に対して与える影響(個人防護効果)を非着用と比較して評価すること。
(デザイン)
実用的無作為優越性試験
(セッティング)
ノルウェイ
(参加者)
18歳以上の成人4647人:2371人が介入群に、2276人が対照群に割り付けられた。
(介入)
介入群の参加者は、14日間にわたり、公共の場(ショッピングセンター、道路、公共交通機関など)でサージカルフェイスマスクを着用する群に割り付けられた(自宅や職場でのマスク着用については言及されなかった)。対照群の参加者は、公共の場ではサージカルフェイスマスクを着用しない群に割り付けられた。
(主要アウトカム)
自己申告による呼吸器感染症と矛盾しない呼吸器症状を主要アウトカムとした。副次的アウトカムは、自己申告および登録されたcovid-19感染症、自己報告による病気休暇などであった。
(結果)
・2023年2月10日から2023年4月27日の間に、4647人の参加者が無作為化され、そのうち4575人(女性2788人(60.9%)、平均年齢51.0歳(標準偏差15.0歳))がintention-to-treat解析に組み入れられた。介入群2313人(50.6%)、対照群2262人(49.4%)。(Table2)
・呼吸器感染症に矛盾しない自己申告による呼吸器症状が、介入群で163件(8.9%)、対照群で239件(12.2%)報告された。限界オッズ比は0.71(95%信頼区間(CI)0.58~0.87;P=0.001)で、サージカルフェイスマスク介入に有利であった。絶対リスク差は-3.2%(95%CI -5.2%~-1.3%;P<0.001)であった。(Table3)
・自己申告のcovid-19については統計的に有意な効果は認められず(限界オッズ比1.07、95%CI限界オッズ比1.07、95%CI 0.58~1.98;P=0.82)、登録されたcovid-19感染においても統計的に有意な効果は認められなかった(介入群ではイベントがなかったため、効果推定値および95%CIは推定不能)。(Table3)
・自己申告による病気休暇は、介入群と対照群で等しく分布していた(限界オッズ比1.00、0.81~1.22;P=0.97)。(Table3)・サブグループ解析では「サージカルマスクは感染のリスクを減らす」と信じる人が「効果がない」「リスクが増える」と信じる人よりも症状発現のリスクが低かったという興味深い結果もえられた。
(結論)
公共の場で14日間にわたりサージカルフェイスマスクを着用するとサージカルフェイスマスクを着用しない場合に比べ、呼吸器感染症に矛盾しない症状を訴える(自己申告する)リスクが減少した。
(この研究が明らかにしたこと)
この実用的試験は、公共の場でのサージカルマスクの着用が、実際の環境(real world setting)において呼吸器感染症に相当する自己申告の呼吸器症状の発生を減少させるというエビデンスをしめした。
サージカルマスクに関するほとんどの先行研究とは異なり、この試験は十分な検出力を有していた。 他の公衆衛生および社会的対策についても同様の試験を実施することが可能であり、また実施すべきである。

【開催日】2024年10月2日

禁煙のための電子タバコ

-文献名-
Reto Auer, Anna Schoeni, Jean-Paul Humair, et al. Electronic Nicotine-Delivery Systems for Smoking Cessation.N Engl J Med. 2024;390(7):601-610.

-要約-
Introduction
無作為化試験および無作為化比較試験の系統的レビューでは、電子タバコはニコチン代替療法よりもタバコの禁煙に有効であることが示されたが、標準治療の禁煙カウンセリングと比較した電子タバコの有効性、および電子タバコの使用に関連する有害事象および重篤な有害事象の発生率で測定した電子タバコの安全性に関するエビデンスは限られている。喫煙者が禁煙すると、咳や痰などの喫煙に関連した呼吸器症状が軽減される可能性が高いが、電子タバコを使用して禁煙すると、これらの呼吸器症状も軽減されるかどうかは不明である。
そこで、禁煙補助としての電子タバコの有効性、安全性、毒性についてランダム化比較試験を実施し、標準治療に電子タバコを追加した場合の有効性と安全性を、標準治療単独と比較し、6ヵ月後の禁煙に関して評価した。

Method
スイスの5施設で非盲検無作為化対照試験を実施した。2018年7月から2021年6月にかけて、一般紙やソーシャルメディアでの無料・有料広告、医療施設や公共交通機関での広告によって参加者を募集した。
18歳以上の成人で、1日5本以上の喫煙を12ヵ月以上継続し、登録後3ヵ月以内に禁煙を希望する者を参加対象とした。妊娠中または授乳中の者、過去3ヵ月間にニコチン代替療法または他の禁煙補助薬を使用したことのある者、過去3ヵ月間に電子タバコまたはタバコ加熱システムを定期的に使用したことのある者は除外した。
介入群は無料の電子タバコと電子リキッド、(認知行動療法、動機づけ面接、ニコチン代替療法や禁煙補助薬などの禁煙をサポートする薬剤の使用に関する共同意思決定などを含む)標準的な禁煙カウンセリング、任意(無料ではない)のニコチン代替療法が提供された。対照群は標準的なカウンセリングと、ニコチン代替療法の購入を含めどのような目的にも使用することができる50スイスフラン(米ドルで50ドル)相当のバウチャーが提供された。
主要アウトカムは、生化学的に検証された(定義:呼気一酸化炭素濃度が9ppm以下であること)6ヵ月時点での継続的禁煙であった。
副次的アウトカムは、参加者が自己申告した6ヵ月時点のタバコおよびあらゆるニコチン(喫煙、電子タバコ、ニコチン代替療法を含む)からの禁煙、呼吸器症状、重篤な有害事象などであった。

Results
2027人の喫煙者をスクリーニングし、1246人を一次解析に組み入れ介入群622人、対照群624人に無作為に割りつけた。
参加者の多くは中年で、47%が女性であった。ベースライン来院から禁煙目標日までの平均(±SD)日数は、介入群6.0±3.6日、対照群6.0±3.9日であった。<Primary Outcomes>
(検査で)検証された継続的禁煙の参加者の割合は、介入群で28.9%、対照群で16.3%であった(相対リスク、1.77;95%信頼区間、1.43~2.20)。<Secondary Outcomes>
・(自己申告で)6か月時点でのタバコ、電子タバコ、ニコチン代替療法の使用状況
6ヵ月の時点で介入群では59.6%(552人中329人)、対照群では38.5%(504人中194人)が「禁煙者」(6ヵ月目のフォロー日前7日間にタバコを使用しなかった)であった。一方,介入群では20.1%,対照群では33.7%がニコチンを一切控えた(タバコ,ニコチン入り電子タバコ,ニコチン代替療法を禁忌)。
・有害事象
対照群では、1人が試験中に死亡した。ベースラインから6ヵ月の追跡調査までの間に、介入群では25人(4.0%)、対照群では31人(5.0%)に重篤な有害事象が発生した(相対リスク、0.81;95%CI、0. 48~1.35;未調整P=0.49)。
介入群の参加者のうち、272人(43.7%)が425件の有害事象を報告し、対照群の参加者のうち、229人(36.7%)が366件の有害事象を報告した(相対リスク、1.19;95%CI、1.04~1. 37;未調整P=0.01)。
(詳細はサプリメントにあり)

・呼吸器症状
COPD Assessment Testの平均総得点は、介入群4.8±3.9点、対照群5.7±4.5点であった(平均総得点の多変量調整差、-0.66;95%CI、-1.13~-0.18)。咳がなかったと回答した参加者の割合は、介入群41%、対照群34%、痰がなかったと回答した参加者の割合は、介入群62%、対照群51%、胸のつかえがなかったと回答した参加者の割合は、介入群73%、対照群72%であった; 息苦しさを感じない」34%、「息苦しさを感じない」30%、「自宅での活動に制限がない」95%、「自宅を出る自信がある」96%、「自宅を出る自信がある」95%、「熟睡感がある」92%、「熟睡感がある」90%、「元気がある」40%、「元気がある」39%であった。
(詳細はサプリメントにあり)

Discussion
ニコチン代替療法を使用できる標準的なカウンセリングに電子タバコを追加したところ、標準的なカウンセリングのみよりも禁煙が進んだが、禁煙者の多くは電子タバコを使用し続けた。
禁煙した参加者の割合は介入群で高かったが、ニコチン入り電子タバコの継続使用も高かった。電子ニコチン送達システムと標準的なカウンセリングの併用は、必ずしもニコチンを断たずに禁煙を望むタバコ喫煙者にとっては実行可能な選択肢かもしれないが、タバコとニコチンの両方を断ちたい喫煙者にとってはあまり適切ではないかもしれない。

<今回の研究の限界>
第1に、参加者は自分のグループ割り当てを認識していたため、対照群の参加者が自分のグループ割り当てに失望するリスクがあった。
第2に、介入群には無料の電子タバコと電子リキッドを提供したが、対照群には以前の試験で行われたような無料のニコチン代替療法は提供しなかった(電子タバコvsニコチン代替療法を比較するためではなかったため)。
第3に、治療終了評価を実施する前に、参加者に6ヵ月間無料の電子リキッドを提供した。
第4に、参加者の報告データよりも生化学的検証データの欠落が多く、介入群よりも対照群で欠落データが多かった。
第5に、スイスの外来医療環境で介入を試験したため、読者は他の環境でも同様の結果が得られると仮定することには慎重であるべきである。
第6に、われわれは副次的アウトカムについて信頼区間の幅を多重性のために調整しなかったので、これらの信頼区間は仮説検定に取って代わるものではない。

現在の結果では、主要転帰がその後の来院期間にわたって持続するかどうかは予測できないので、12ヵ月、24ヵ月、60ヵ月の追跡調査を継続する予定である。

【開催日】2024年9月11日

非小細胞性肺がん患者の食欲不振におけるミルタザピンの効果

※この時期のUpToDateにある”What’s new in family medicine”のTopicで参考にされている文献です。
-文献名-
Arrieta O, Cárdenas-Fernández D, Rodriguez-Mayoral O, et al. Mirtazapine as Appetite Stimulant in Patients With Non-Small Cell Lung Cancer and Anorexia: A Randomized Clinical Trial. JAMA Oncol. 2024;10(3):305-314.

-要約-
・メキシコの3次がんセンターでのランダム化比較試験
・がん性食欲不振の標準治療はなく、ミルタザピンは一つの選択肢として示唆されている。
・先行論文では食欲を評価されていたが、今回は摂取エネルギー及びサルコペニアの割合も評価した
・対象者は、進行したNSCLCで癌治療薬を使用、Anorexia Cachexia Scale(ACS)スコアが32以下の患者
・プラセボvsミルタザピン。ミルタザピン群は15日間15mg投与したのち、30mgに増量した。両群とも栄養指導を行った
・追跡期間は8週間で、4週目と8週目に評価を行った。評価はanorexia cachexia scaleとエネルギー摂取量

・2018年8月から2022年5月に134人をスクリーニングし、条件を満たした86例をミルタザピン群とプラセボ群にランダムに割り付け。
・食欲スコアは、4週目と8週目に両群で有意に増加し、 両群間に有意差は認められなかった。
・4週後、ミルタザピンはタンパク質(22.5g;95%CI、11.5-33.4;P = 0.001)、炭水化物(43.4g;95%CI、13.1-73.8;P = 0.006)、脂肪(13.2g;95%CI、6.0-20.4;P = 0.006)を含むエネルギー摂取量(379.3kcal;95%CI、1382.6-576.1;P < 0.001)を有意に増加させた。脂肪摂取量は8週後、ミルタザピン群の患者で有意に多かった(14.5g vs 0.7g;P=0.02)。ミルタザピン群では、8週後にサルコペニアを示す患者の割合が有意に減少した(82.8% vs 57.1%、P = 0.03)。 ・対象者はうつ病と診断されない人であったが、抑うつを測るHADS-スコアはミルタザピン群で有意な改善を認めた
・悪夢が上昇した、疲労は改善 傾眠はなかった

ディスカッション:
・これまでの研究は15mg投与に留まり、食欲のみを評価していた
・ミルタザピン30mgに増量したが、うつ病のスコア改善もあり、安全性に問題はなかったと考える。傾眠などの有害事象も出現しなかった。
・今回は体重に差が出なかった。対象患者は「食欲不振があるか」であり「体重減少しているかどうか」は考慮しなかった。またサンプルサイズが少なかった。
これらのことから体重変化には差がなかったのでは

・がんの食思不振の標準治療はまだない
例えばオランザピンの低容量の報告はあるが、それらは低体重患者での研究報告だった。今回は正常体重患者が対象である。

リミテーション:
・単一施設での研究
・サンプルの少なさ
・治療中の患者 嘔気に対して少量ステロイドが入っていたケースもあった

【開催日】2024年9月4日

心房細動をもつフレイルな高齢者における、VKA(vitamin K antagonists)からNOAC(Non-Vitamin K Antagonist Oral Anticoagulant)への切り替えの安全性: FRAIL-AFランダム化比較試験の結果から

-文献名-
Linda P T Joosten, et al. Safety of Switching From a Vitamin K Antagonist to a Non-Vitamin K Antagonist Oral Anticoagulant in Frail Older Patients With Atrial Fibrillation: Results of the FRAIL-AF Randomized Controlled Trial. Circulation. 2024; 149(4): 279-289.

-要約-
●Introduction
・Afに対する抗凝固療法を新規に導入する際は、VKAよりも、これまでの研究から出血リスクの少ないとされているNOACが選択されることが多い。
・一方で、高齢Af患者では30-40%がVKAで管理されているとされる。
・VKAで管理されている心房細動のフレイルな患者において、NOACに切り替えるべきかどうかは定まった見解がなく、これまでの研究は観察研究にとどまっていた。

●Method
・多施設共同(オランダ)、非盲検、pragmatic randomized controlled superiority trial
・フレイルで高齢の(75歳以上+Groningen Frailty Indicatorスコア*3以上)心房細動の患者を、INRガイド下のVKA治療からNOAC治療に切り替える群(VKA中止後INR 1.3未満となったらNOAC開始。NOACの種類は主治医の裁量に委ねられた)と,VKA治療を継続する群(INR 2.0-3.0で管理)に無作為に割り付けた。
・GFR 30未満または弁膜症性心房細動の患者は除外された。
・追跡期間は12ヵ月であった(1,3,6,9,12か月目に電話によるインタビューを実施した)。
・死亡を競合リスクとして考慮し、主要アウトカムである大出血(*定義:致死的出血、Hb 2以上の低下を伴う出血、赤血球輸血2単位以上を要した出血)または臨床的に関連性のある非大出血合併症(*定義:次回受診を早める必要があった出血、何らかの医学的介入を要した出血、入院やケアのレベルを高める必要があった出血)のどちらか先に発生した場合の原因特異的ハザード比を算出した。
・解析はintention-to-treatの原則に従った。
・副次的アウトカムには血栓塞栓症のイベントが含まれた。

*訳者注:Groningen Frailty Indicatorとは:日常活動(買い物、外出、更衣、トイレ移動)、健康問題(身体的健康、視力、聴力、体重減少、4剤以上の服薬、記憶)、心理機能(空虚感、孤独、見捨てられ感、落胆、不安)といった3ドメイン、15項目を検討し、4項目以上問題を抱える場合、フレイルと判定する。(参照:公益財団法人長寿科学振興財団『総論 フレイルの全体像を学ぶ 2. フレイルの評価方法と最新疫学研究』(https://www.tyojyu.or.jp/kankoubutsu/gyoseki/frailty-yobo-taisaku/R2-2-2.html) 2024/7/16閲覧)

Supplement S1 (Supplemental Materialのうち、一番上のpdfファイル内)
https://www.ahajournals.org/doi/suppl/10.1161/CIRCULATIONAHA.123.066485

●Results
<概要>
・2018年1月から2022年6月の間に実施
・合計2621例の患者が適格性をスクリーニングされ、1330例が無作為に割り付けられた(平均年齢83歳、Groningen Frailty Indicatorスコア中央値4。除外患者は、フレイルの基準を満たさなかったものが大半)。
・無作為化後、除外基準の存在によりVKA→NOAC群の6例とVKA継続群の1例が除外され、intention-to-treat集団ではVKAからNOACに変更した662例とVKAを継続した661例が残った。

(各群の特徴)

-出血リスクのスコアである、CHA2DS2VAScスコアは各群で同等だった。

・163例の主要転帰イベント(切り替え群101例、継続群62例)の後、事前に規定した無益性解析により試験は無益のため中止された。
・主要転帰のハザード比は1.69(95%CI、1.23-2.32)であった。血栓塞栓イベントのハザード比は1.26(95%CI、0.60-2.61)であった。

(primary, secondary outcomeの結果のまとめ)

(最初の出血までの、各群のcumulative incidence curve)
(サブグループ解析)-NOACの種類によりHRに違いはみられるものはあるが、post hocで非ランダム化解析のため解釈には注意が必要。

<結論>
心房細動を有するフレイルな高齢患者において、INRガイド下のVKA治療からNOAC治療に切り替えることは、VKA治療を継続することと比較して出血性合併症の増加と関連したが、血栓塞栓性合併症の減少は関連しなかった。

●Discussion
・オランダではPT-INRによるビタミンK拮抗薬の用量管理の質が高く、Federatie van Nederlandse Trombosediensten(オランダ血栓症サービス連盟)の年次報告書によれば,INR の至適範囲内時間(TTR)は65.3~74.0%である。
→INRガイド下VKA管理で安定している(TTR≈70%)患者をNOACに切り替えるかどうかは、大出血または臨床的に関連性のある非大出血のリスクが高まるという本論文の結果から、慎重に検討すべきである。(本文に記載あり)
→一方で、TTR が低い患者では、状況に応じてDOAC への切り替えが許容できる例が存在する可能性はあると思う。(訳者が記載)

・NOACの選択は治療医の裁量に任されていた点は、結果に影響した可能性はある。観察研究では、リバーロキサバン(本試験で最も処方されたNOAC)は他のNOACよりも出血性合併症が多く、特に消化管出血が多く、高齢者ではアピキサバンの安全性プロファイルが最も優れている。とはいえ、処方されたNOACの種類は非ランダム化であったため、このフレイルな集団において一方のNOACが他方のNOACよりも優先されるべきかどうかについては、本試験では答えることができない。

・デザイン上、試験手順は盲検化されておらず、さらに、NOAC群では患者がVKAを(まだ)服用している間にいくつかの出血イベントが発生し、その逆もまたしかりであった。しかし、これらの出血イベントのうち、無作為に割り付けられた抗凝固薬の投与中以外に発生した割合は、両治療群とも少なかった:NOAC群では101例中7例(6.9%)、VKA群では62例中5例(8.1%)であった。

【開催日】2024年8月14日

オーストラリアにおける腰痛再発予防のためのウォーキングの教育介入効果と費用対効果

-文献名-
Natasha C Pocovi, Chung-Wei Christine Lin, Simon D French,et al.Effectiveness and cost-effectiveness of an individualised, progressive walking and education intervention for the prevention of low back pain recurrence in Australia (WalkBack): a randomised controlled trial.Lancet.2024; 404:134–44

-要約-
Introduction
 腰痛の再発は一般的であり、腰痛の疾病的・経済的負担の大きな要因となっている。腰痛は2020年には世界で6億1,900万人が罹患していると推定され、2050年には8億4,300万人に増加すると予測されている。腰痛から回復した人のほぼ10人に7人は、その後1年以内に再発を経験するともいわれる。運動と教育を組み合わせることで、腰痛の再発、それに伴う障害、欠勤を予防できることが示されているが、これまで検討されてきた運動ベースの介入は、集団でのプログラムを含んでおり、臨床医による綿密な監督と器具の使用を必要とし、高額な費用がかかる可能性がある。ウォーキングのような身近で低コストの介入の有効性と費用対効果はまだ確立されていない。

Method
 この試験は2群間無作為化比較試験であり、オーストラリア全土の25の民間理学療法クリニックで実施。特定の診断に起因しない非特異的腰痛エピソードを少なくとも24時間自覚し、痛みがない日が7日以上続いている成人(18歳以上)を募集した。非特異的腰痛のエピソードとは、特定の診断(例えば、椎体骨折、感染症、がん)に起因しない第12肋骨と臀部のしわの間の領域の痛みが少なくとも24時間持続し、痛みの強さが0~10の数値疼痛評価スケールで2以上であり、「腰痛は日常生活にどの程度支障をきたしましたか?」という質問において、日常生活に少なくともやや支障をきたすか、それ以上の支障をきたすものと定義した。除外基準は、ウォーキングプログラムへの参加を妨げる併存疾患、週3回以上の運動(1日30分以上)のためのウォーキング、腰痛再発予防のための運動プログラム(ピラティスなど)への定期的な参加、週150分以上の中等度または強度の身体活動(週3日以上)、過去6ヵ月間の脊椎手術、妊娠中、質問票を記入するのに不十分な英語力。
 参加者は、6ヵ月間にわたる理学療法士による6回のセッションが行われた。個別化された漸進的な歩行・教育介入に割り付けられた群と、無治療の対照群(1:1)に無作為に割り付けられた。理学療法士と参加者は割り付けについてマスクされなかった。プログラムの目標は、6ヵ月後までに週5回、1日30分以上のウォーキングを行うことであった。初診時には、ウォーキングプログラムの初期用量を決定するために、病歴聴取と身体診察が行われた。参加者の現在の歩行レベル、年齢、BMIに基づいて、ウォーキングプログラムの適切な開始量と適切な進行度を提案するための処方ガイドが作成された。重要なことは、個人中心のアプローチを用いて、参加者個人の特徴(例えば、併存疾患や自己効力感)、環境的障壁(例えば、安全性、照明、路面)、時間的制約、嗜好、参加者の目標に基づいて、参加者との話し合いの中で最初の処方と進行が個別に設定されたことである。また、参加者には歩数計とウォーキングダイアリーが配布され、プログラムの最初の12週間を通してウォーキングを記録した。理学療法士とのフォローアップセッションは、アドヒアランスのチェック(ウォーキング日誌のチェックを含む)必要に応じてウォーキングプログラムの調整を行うために実施。これらのセッションは、当初は2回の対面セッション(無作為化4週後と3ヵ月後に30分間)と3回の電話セッション(2週と6週に15分の相談、6ヵ月に強化セッション)の組み合わせで行われる予定であった。COVID-19の流行により、対面での診察が一時的に制限され、多くの参加者が遠隔医療(ビデオ診察)を通じて介入を受けた。ウォーキングプログラムと並行して教育も行われた(appendixp5)。この教育は、現代疼痛科学の基本的な理解を提供し、腰痛に伴う恐怖を軽減することを目的とした。腰痛の再発リスクを減らすための簡単な戦略や、軽度の再発であれば自己管理する方法についての説明が行われた。両グループの参加者は、必要に応じて腰痛の他の治療を受けることを制限されなかった。
 参加者の追跡期間は、登録日により最低12ヵ月、最長36ヵ月であった。主要アウトカムは活動制限のある腰痛が再発するまでの日数であり、intention-to-treat集団において毎月自己申告により収集された。費用対効果は社会的観点から評価し、獲得した質調整生存年(QALY)あたりの増分費用で表した。試験はプロスペクティブに登録された。

Results
 2019年9月23日~2022年6月10日の間に、3206人の参加者の適格性をスクリーニングし、2505人(78%)を除外し、701人を無作為に割り付けた(介入群351人、無治療対照群350人)。ほとんどの参加者は女性で(701人中565人[81%])、参加者の平均年齢は54歳(SD 12)であった。参加者は、腰痛の既往回数が多く(中央値33回)、今後12ヵ月間の再発リスクを高く認識していた。ベースライン特性は介入群と対照群でバランスが取れていたため、どの分析においても調整は行われなかった。中央値7年(範囲1~35)の経験を有する24名の理学療法士がウォーキングプログラムのヘルスコーチを務めた。介入群では、345人の参加者が理学療法士による6回のセッションのうち少なくとも1回に参加した(参加した理学療法セッションの平均数は5回[SD 1.6])。介入は活動制限性腰痛のエピソードの予防に有効であった(ハザード比0.72[95%CI 0.60~0.85]、p=0.0002)。再発までの日数の中央値は、介入群で208日(95%CI 149-295)、対照群で112日(89-140)であった。また介入群は対照群と比較して、腰痛のあらゆる再発およびケアを必要とする腰痛の再発リスクを減少させた(HR 0.80 [95%CI 0.68~0.94]、p=0.0066およびHR 0.57 [95%CI 0-44-0-74]、p<0.0001;図2Bおよび2C)
支払い意思額閾値(本来かかる費用)28,000豪ドルにおいて1QALYあたりの増分費用は7802豪ドルであり、介入は94%の確率で費用対効果に優れていた。12ヵ月間に少なくとも1つの有害事象を経験した参加者の総数は、介入群と対照群で同程度であったが(それぞれ351例中183例[52%]、350例中190例[54%]、p=0.60)、下肢に関する有害事象は介入群の方が対照群よりも多かった(介入群100例、対照群54例)。

Discussion
・個人に合わせた漸進的なウォーキングと教育介入は、それまで定期的な身体活動を行っていなかった成人において、無治療の対照群と比較して腰痛の再発を大幅に減少させた。この所見は、主要アウトカムと2つの副次的再発アウトカムで一貫していた。また、介入群では腰痛に関連する障害が最長12ヵ月間減少し、介入は無治療の対照群と比較して社会的観点から費用対効果が高い可能性が高かった。
・今回の参加者は女性が多く、一般集団への適応は注意が必要。
・すでに定期的にウォーキングを行っている、または中程度から強度の身体活動を週150分以上行っている潜在的な参加者(n=429)を相当数除外したため、この結果は活動的な成人に一般化されるものではない。
・本研究の注目すべき所見は、介入群の歩行量(週当たり分数)が最初の3ヵ月で約2倍になったが、12ヵ月時点では同程度であった。さらに、介入群は3ヵ月時点では対照群より多く歩いていたが(51分[95%信頼区間22.32~79.87])、12ヵ月時点ではこの差はなくなっていた(0.67分[-30.90~32.23])。1つの要因として、対照群で報告された歩行が時間の経過とともに増加したことが挙げられるが、これはマスキングの欠如の結果であり、治療効果が希釈された可能性があり、あるいはCOVID-19の流行が歩行への取り組みに影響を与えた結果かもしれない。12ヵ月の時点で歩行に差がなかったのは、臨床医からの継続的なサポートがなかったこと、12週間後に歩行日誌を継続しなかったこと、介入群に下肢の障害があったことなどに起因する可能性もある。
・なぜウォーキングが腰痛予防に効果的なのか、正確な理由は不明。

【開催日】2024年8月7日

「家庭医療ものがたり、その5」治療的自己を磨く思考法

-文献名-
Ventres, William B., et al. “Storylines of family medicine V: ways of thinking—honing the therapeutic self.” Family Medicine and Community Health 12.Suppl 3 (2024)

-要約-
「ストーリーライン・オブ・ファミリー・メディスン」 は、アメリカや世界の家庭医や医学教育者が解説する家庭 医療のさまざまな側面を、テーマごとにリンクさせた12部構成のエッセイと、それに付随するイラストからなるシリーズである。V:「治療的自己を磨く思考法」では、著者が 以下のセクションを紹介している:
家庭医が、患者のwell-beingを支えるためには、患者との出会いの場(診療現場)を治療手段とする必要があり、以下の3点が必須である。①診療における思いやりとヒューマニズム(人道主義)の重要性を理解すること ②医師-患者間の関係性の場という診療のありようを認識し、観察すること ③単に興味深いやり取りの列挙ではなく、常に注意を払いながら、思慮深く塾考することを通じて、家庭医自身の「治療の引き出し」を向上するため、前述の①②を省察すること
読者がこれらのエッセイを振り返ることで、自らの治療的主体性をより深く感じることができますように。

「行為の中の省察」 以下のことを実践することで、そのスキルを高めることができる(Fig.1)。

患者を世界で最も大切な人であるか のようにケアする意図を持つ。
診察中、患者の感情、言葉、非言語的コミュニケーションを常に意識する。
個人的な考え、感情的な反応、身体的な反応に注意する。
診療を終了し、他の要求に移ろうと思っているときでも、思い込みや偏見、先入観がないかチェックする。
来院の流れを管理し、患者の懸念や見解を引き出し、必要な情報を収集し、 適切な検査を行い、 時間を管理し、その他の重要な仕事に取り組む 。
患者や自分ではどうすることもできない状況、リソース、事情に注意しながら、患者に何を勧めるかを評価し、見極め、交渉し、説明する。

患者や医師が経験する感情は、臨床的な気づきを高めたり、損なったりするものであることを認識することが重要である。目標は患者の感情を無視することでも、自分の感情を抑制することでもない。むしろ、診察室に流れる感情の流れを認識し、認め、好奇心を持つことで、そして同時に、それらと強く同一視しすぎないことで、医師は否定的な感情を和らげ、落ち着かせ、空間を開き、共感と思いやりの表現を促進することができる.

「薬物としての医師-バリント・ グループ」 患者との感情的に困難な出会いを振り返るピア主導のグループディスカッション ある臨床医が、悩みの種である患者の症例を、現実には悩みの種である患者との関係を、グループの仲間に提示する。グループは定期的に会合を開き、1人か2人のグループリーダーが、症例提示に対する感情的な反応を明確にするようグループメンバーに促しながら、続くディスカッ ションを導く。グループメンバー間の信頼が深ま るにつれて、しばしば人間的な関心の深い部分が浮かび上がってくる。

「思いやりの醸成」心理学的には、医療において思いやりを持つということは、(1)病気と苦しみのつながりを理解すること、(2)個々の患者や集団の苦しみを認識することを意味する。
「医師としてヒューマニステックなアプローチ」家庭医学の教育と実践に人文科学を取り入れることは、様々な形で可能である。文学、演劇、詩 、オペラ、映画、そして音楽でさえも、人生の困難に直面したときの個人的価値観の考察を促すのに役立つ。23–26物語、つまり個人的な語りは、感情豊かな議論や倫理的推論の出発点として役立つ。 27芸術は、そのあらゆる感覚的な形態において、 感情と想像力の両方を刺激することができ、内省と対話を通して、意識を研ぎ澄まし、共感を高め、患者ケアの感情的側面と認知的側面をひとつの賢明な治療プロセスを促進することができる。

「家庭医療における親密さ」家庭医療の仕事は、しばしば親密なものである。なぜか?患者とともに働くということは、精神的な親密さ、希望、そして必然的に喪失を意味するからである。
例)コロナ禍でのオンライン診療をしていたリンパ腫で治療していた80歳男性。妻が膵臓癌でホスピスに入院して独居となり喪失体験を抱えていた。その後、対面診療となり、直接接することができて両者で喜んだが、男性患者は喪失体験を抱えたまま自宅で突然死した。家庭医は死亡診断書に、死因不明と書く前に、本当の死因は妻の喪失、だったのでは、と省察した。また患者が亡くなる度に、家庭医はさまざまな感情でいっぱいになるが、亡き患者たちの主治医になれたことに感謝している。

「苦しみのさまざまな顔」 医学の最大の目的は苦しみを和らげることである。患者の苦しみを認識することで、私たちはケ アと希望を提供することができる。それは治療への希望であることもあるが、症状のコントロール 、苦痛の緩和、精神的なサポートへの希望であることもある。苦しみを理解することで、私たちは患者が意味を再発見し、受容を獲得し、全体性を再構築するのをよりよく助けることができる。

苦しみは、生活のあらゆる領域、あるいは複数 の領域に現れる。それは、(1)厄介な症状、(2)機 能の喪失、(3)役割や(4)人間関係への脅威、(5)苦 悩に満ちた思考や(6)感情、(7)患者のライフストーリーの物語の混乱、(8)患者の精神的あるいは知的な世界観との葛藤などから生じる。これらの苦しみの8つの領域は、臨床ケア、教育、研究のために、生物医学的、社会文化的、心理行動学的、 実存的という4つの軸で整理することができる。この包括的なモデルは、調査を整理するのに役立つ。臨床医にとっては、「システムのレビュー」で はなく、より深い「苦しみのレビュー」として役立つ。
「苦しみを乗り越える」 医学の基本的な目標は、可能な限り治療し、常に慰め、苦しみを和らげ、患者を癒すことである。治癒に関する生物医学的な議論の大半は、組織の修復と病気の診断、治療、治癒に焦点を当てている 。病気とは病気以上のものであり、理解とは診断以上のものであり、ケアとは治療以上のものであ る。 ナラティヴ・メディスンのスキルを用いれば、患者が自分の物語を編集し、人生に新たな意味を見出し、受容を見出し、全体性の感覚を再構築できるよう、対話を導くことができる. このように患者をケアすることは困難なことである。しかし、患者の重病体験を探求し、彼らの心の傷の物語を編集する手助けをする医師は、しばしばこのケアが自分のキャリアの中で最も充実した仕事であることを発見する。
「物語を聴くことの力」 家庭医が、語りを聞き、語ることは、患者から 患者へと奔走し、人々の苦しみや喜びを目の当たりにする中で、普段は処理できない感情を解放するのに役立つ。それは、家庭医自身を「なぜ」、つまり私の診療の目的に根付かせ続ける治療的プロセスであり 、私自身の職業上の物語における本当の主役が誰であるか(もちろん、患者である)を常に思い出させてくれる。

【開催日】2024年7月10日