ゲストインタビュー:錦織 宏
名古屋大学大学院医学研究科
総合医学教育センター 教授
1998年名古屋大学医学部医学科卒業。同年、市立舞鶴市民病院内科で初期臨床研修、その後2005年英国オックスフォード大学、2006年英国ダンディー大学医学教育学修士課程、2012年京都大学大学院医学研究科医学教育推進センター准教授を経て、2019年3月より名古屋大学大学院医学系研究科総合医学教育センター教授
教育学・人類学をはじめとする文科系学問を本来的に基礎に持つ総合診療。
フェローシップを対象とした北海道家庭医療学センター(以下HCFM)の指導プログラムに携わり、5年ほどになります。HCFMのプログラムに関しては、総合診療・家庭医療の分野を幅広く包括し、理論面も実践面も実力がつくような指導が行われていて、よくできたものになっているという印象を持っています。
家庭医療学は、文科系の学問を基礎としていると個人的には思っています。私自身が医学教育学に興味を持ったのも、初期研修医のころに「教育の力のすごさ」というものに感銘を受けたことが関わっています。HCFMにも、医学教育学や文化人類学に興味を持っている人材がいて、とても好ましい傾向だと思います。浅井東診療所の宮地先生もそのお一人で、2015年に筑波で開かれた日本プライマリ・ケア連合学会の大会で、プレコングレスワークショップ「Beyond 質的研究~家庭医の症例検討会における医療人類学者とのコラボ!」に参加され、目を輝かせて議論を楽しんでいた様子を記憶しています。宮地先生には、文化人類学の分野、医学教育学の分野での研究をもっともっと進め、幅広くしっかりとした基礎を持って、これからの日本の総合診療界を牽引していってほしいと願っています。
アカデミアとのより濃密な接点を持つことでHCFMの活動にさらなる深みを。
北海道・関西の両家庭医療学センターに足りないところがあるとすれば、大学を含めたアカデミアとの関わりなのではないかと思います。そういう意味でも、臨床と研究を両立しようとする宮地先生のあり方は、後輩たちにとっても大切な手本となるのではないでしょうか。そして、これからも宮地先生に続くような先生方がどんどん出て来てくれればと、願っています。
そしてこれは文化人類学、医学教育学に限定した話ではなく、社会学、経済学をはじめとする他の文科系の分野でも同様です。現場で総合診療の実践に携わる先生方も、日々の診療を通じて疑問に感じたことがあれば、そこからクエスチョンを立て、研究という形で自身の関心を深めていくことも、有意義だと思います。
「19領域のうちの一つ」としての総合診療。ニュートラルで自由な視点を持って。
一人の患者がさまざまな臓器疾患を抱えるMultimorbidityの時代にあって、患者全体を診ることが難しく、また重要であるとの認識は医学界の共通認識だと言えるでしょう。2018年の新専門医制度の発足によって、総合診療が医療19領域のうちのひとつとして正式に位置づけられました。今後、さらに総合診療を学術的にとらえる風潮が広がれば、総合診療はもっともっと面白いものに発展していくのではと思います。
一方で、現在の総合診療に関わる先生方からは、他科に比べてマイノリティであるということを自身の自己肯定感の低さにつなげてしまっていて、総合診療のPolitically Correctな側面をやや出しすぎていると感ぜられることがあります。研究者の立場から言えば、自身の関心に従ってニッチな領域を突き詰めていく、というのが健全な姿勢であり、過度の使命感は面倒くさいし時に暴力的です。「新しい分野を創るのだ」と肩に力を入れ過ぎるのではなく、(私もそうですが)日常診療での患者さんとのやりとりを楽しみ、そこから関心を持ったテーマを学問的に掘り下げ、ライフスタイルに合ったフレキシブルな働き方を取り入れていく、くらいのほうがよいのではないでしょうか。そうすることで、もっと自然に「19領域のうちの一つとしての総合診療」が幅広く日本に根を下ろしていくことに通じるのではないかと考えます。
※勤務先・学年は全て取材当時のものです(2019年)