メンバーインタビュー:指導医対談

参加メンバー
中川貴史
医療法人北海道家庭医療学センター常務理事、栄町ファミリークリニック 院長
今江章宏
医療法人北海道家庭医療学センター医師キャリア支援・広報センター センター
長、寿都町立寿都診療所 所長
堂坂瑛子
寿都町立寿都診療所 副所長

1.総合診療医になるには何科へ行けばいいですか?

中 川
総合診療科が19番目の基本領域に位置づけられて以降、家庭医・総合診療医に対する認知度は格段に上がりました。北海道家庭医療学センターの各拠点にも毎年多くの研修医や大学生の皆さんが研修・見学に訪れています。
家庭医に興味がある人たちといえば、その昔はかなりマニアックで、そのぶんマッチョというか、[家庭医大本命]で学びに来る人が多かったわけですが、その頃に比べるとうちに来る方も、[家庭医一直線タイプ]から[他科も気になる人たち]まで、かなり幅が広がっているように思います。

そうした中で感じるのは、家庭医・総合診療医の実情が十分に伝わっていないもどかしさです。「総合診療は食えますか?」「この道に進んでも大丈夫ですよね?」、そんな声さえ聞こえてきます。
そこで本日は、寿都診療所で実際に専攻医の指導に当たりながら、研修医や大学生の研修・見学の受け入れを行っている今江先生と堂坂先生に加わってもらい、このあたりの話ができればと思います。

堂 坂
今日はみんな寿都にゆかりのあるメンバーですね。私は今江先生の教え子で、今江先生は中川先生の教え子だから、3世代トークになりますね。中川先生はおじいちゃん!

中 川
やめてよー、年寄り扱いは。

堂 坂
冗談はさておき。見学に来てくれた方に話を聞くと、「将来的にどういう働き方をしたいのか」がイメージできていない人が多いと感じています。「総合診療医」という名前ばかりが一人歩きして、具体的な働き方のイメージまではできていない。たとえ
ば他科なら身近にそのクリニックがあり、ロールモデルがいるからイメージしやすい。
でも、総合診療医はまだ数が少なく近場にいないから、特に医学生はイメージがしづらいと思うんです。最近聞かれて戸惑ったのは、「先生みたいに地域で働くには、最初は何科に進んだらいいですか?」という質問でした。

中 川
それで、なんて答えたの?

堂 坂
「いま総合診療をやりたいのに、なぜほかの科へ進もうとするの?」って。

今 江
質問の意図はわかります。周囲を見渡したときに、他科で経験を積んでから開業した方が多いからでしょう。まずは何か専門医を取得し、その後にセカンドキャリアとして総合診療に進むパターンです。僕たちみたいに最初から家庭医を志して専門的に学んだロールモデルが身近にいないんでしょうね。

中 川
なるほど。でも、僕たちとしては最初から総合診療・家庭医療を学ぶことを勧めたいですね。総合診療の[知識][技能]を身につけることはもちろん、「どんな患者さんが来ても舌打ちしない」医師になるための[態度]領域を早い段階で経験することが大切だから。一人でできないことはもちろん山ほどあるけれど、適切に他科へつなぐ技術があれば、なにも恐れることはありません。その質問にある地域で働きたい、総合診療医として働きたいと考えるなら、まっすぐ総合診療医・家庭医の道を突き進むべきだよね。

2.総合診療医は田舎で一人ぼっち?

堂 坂
不安といえば、学生さんから聞かれたことがあるんです。「将来は地元に帰りたいけれど、一人で地域に乗り込む勇気がない」って。

中 川
なるほど。田舎の医師は一人で診療所を守っているイメージがあるんだろうね。総合診療医=ソロ・プラクティスみたいに。もっといえば、都市部の開業医にもソロ・プラクティスのイメージがある。
でも、北海道家庭医療学センターは寿都診療所のような人口3000人の診療所も、栄町ファミリークリニックのような札幌の診療所もグループ・プラクティスを基本にしていて、一人ではなく仲間と一緒に、一人ひとりの患者さんや地域の健康課題に向き合っている。これはうちの法人に限ったことではなく、総合診療医・家庭医の領域ではグループ・プラクティスが推進されているし、国の制度そのものがソロ・プラクティスからグループ・プラクティスへの流れになっています。

堂 坂
もしかすると、田舎に赴任したら十分な教育を受けられないという心配があるのかも。

今 江
実際にはむしろ逆ですよね。寿都の場合は専攻医一人に対してほぼマンツーマンで指導医がつく。大きな病院ではこうはいきません。実際、地域医療研修を体験した研修医は「こんなに濃厚で充実した教育が行われているんだ」と驚きます。グループ診療と教育が結びついているのは、北海道家庭医療学センターの強みかもしれません。
ところで不安といえば、総合診療医不要論というのを噂レベルでどこかで耳にした人もいるかもしれません。いざ臨床現場に出てみれば、総合診療医がいる病院も徐々に増えていますし、当たり前に各専門医と総合診療医・家庭医が連携して患者さんを診ているんですけどね。

中 川
特に学生の場合は周りに総合診療医がいないからね。あいかわらず天然記念物的な位置づけでみられているのかな。僕ら家庭医・総合診療医はどんな荒野でも、種を落とし、根を張り、花を咲かせることができると自負しています。いろいろな領域を勉強し、ときに困難な患者さんと向き合う中で、地域で起こるさまざまな課題を瞬時に見出し、しかるべき仲間を呼び込んでチームを形成し、適切な形で柔軟に医療を提供することができる。その最たる例が新型コロナウイルス対応です。
コロナ禍にあって北海道家庭医療学センターは決して感染症の専門組織ではないにもかかわらず、郡部・都市部の診療所、病院、施設など、さまざまな局面で臨機応変に対応してきました。行政との連携や保健所との折衝もスムーズに行えたのは、普段から診療所外での多職種連携に慣れている家庭医だからです。家庭医の柔軟性やしなやかさは、制度や社会状況が大きく変わるときこそ強みを発揮するんだと実感しました。
もっというと、僕ら家庭医はステムセル(幹細胞)みたいなもので、将来的にさまざまなはたらきを持った細胞に分化する可能性を秘めています。郡部の診療所で地域の医療をまるごとみるのか、都市部診療所で多様なステークホルダーとともに地域包括ケアを実践するのか、あるいは急性期病院の総合診療科で他科とのハブの役割を担うのか。総合診療を学んだ先に多様な働き方があるというのは、皆さんにぜひ知ってほしいことの一つです。

堂 坂
その点でいえば北海道家庭医療学センターは、子どもが小さい間は自然豊かな郡部で働きたいとか、少し大きくなったら進学を考えて都市部に住みたいとか、自分自身や家族のライフサイクルに合わせて勤務地を相談できるというのはありがたいですよね。

今 江
それができるのも郡部と都市部にさまざまなセッティングの拠点があるから。これは組織としての強みだと思います。

中 川
「親のロマンは子の不満」では、診療の質も、教育の質も上がらないからね。

3.全部診る総合診療医は勉強が大変ですよね!?

今 江
うちに研修に来た人たちから最近よく聞くのは、「一つの専門領域でも大変なのに、すべての領域について勉強し続けるのは無理なんじゃないか……」といった声です。

中 川
その気持ちもよくわかる。ただ、現時点の力では無理だと思ったとしても、研修や見学のときにこの領域が楽しいと思えたら、その時点で[通行手形は手にしている]と思うんだよね。

今 江
冒頭の堂坂先生の話にも通じますが、「自分が何をやりたいのか」、それに沿った選択をすることが一番です。私たちを含め先輩医師は自分自身が歩んできたキャリアを正当化して後輩に勧めがちだけど、最終的には自分自身が「楽しいか、楽しくないのか」「やりたいのか、やりたくないのか」を大事にした方がいい。どの科に進んでも、勉強をし続けるのは同じですからね。こういうのって結局、◯◯科と比べるのではなく、僕たち自身がいかに楽しんでいるのかを知ってもらうことがいいと思うんです。

堂 坂
毎年、北大で講義をするときに、自己紹介として「なぜ総合診療に進んだのか、いまの仕事の何が楽しいのか」を話すんですが、そこに食いついてくれる子が多いんです。それは、他科に進む人にとっても関心があるみたいで。現役で働く医師が、なぜその領域を選択したのか、いまどんなやりがいを持って仕事に臨んでいるのかを聞いて、進路の参考にするという声をよくもらいます。

中 川
そうだね。自分がどんな思いで仕事に向き合っているのかを、学生さんにはどんどん伝えていってほしいな。

今 江
家庭医という名前が表すように、人生や家族のあらゆる段階において自分自身の経験が診療に生きるのは家庭医ならではですよね。たとえば自分が子育てを経験すれば、熱が出た子どもを診療所に連れてきた親の不安が痛いほどわかる。親の介護を経験すれば、そこで出てくる困りごとに気づくことができる。子育て、介護、すべての人生経験が医師としての糧になる。

中 川
医師としての成長だけじゃなく、患者さんを通して人間としても成長できるんだよね。あぁ、凜とした佇まいの患者さんだな。きれいな心を持った方だな。こんな家族もいるんだなぁ。そういった出会いの中で、自分自身に置き換えて吸収したり、あるいは反面教師にしたり。診療の水面下で人間学を学んでいる気がします。それをぜひ実感してほしい。堂坂先生はどう?

堂 坂
診療以外にも、いろんなことができるのが楽しいですね。地域の学校で授業をしたり、健康診断で子どもたちとふれあったり、産業医として企業と関わったり。家庭医は診療所の外の世界ともつながっているから、ずっと勉強していられる。それも魅力なんだと思います。

中 川
そうそう、何でもやりたいことを広げられるのがこの領域です。一人ひとりの患者さんに向き合う一方で、マスに働きかけることもできる。たとえば栄町ファミリークリニックがすすきので、コロナワクチン接種に協力したのもその一つだけど、そういった公衆衛生の領域に関与していくことだって僕らにとっては普通であって、仕事の一部になりうるんです。少しでも地域を良くしようという気持ちがあれば、一人ではできなくてもみんなが知識を持ち寄ることで形にしていくことができる。終わりのない仕事です。
大事なのは、僕ら自身がイキイキと仕事をすることじゃないかな。そういうのは語らずともほとばしるものだから。それを見学に来たときに感じ取ってもらって、それを楽しいと思うなら、間違いなく良い総合診療医・家庭医になれると思います。
みんなに総合診療医・家庭医の魅力を語ってもらったところで、今回のトークを締めます。今日はありがとうございました。

※勤務先・学年は全て取材当時のものです(2022年)