メンバーインタビュー:宮地純一郎(指導医)
浅井東診療所 副所長・指導医
大阪大学医学部 卒業。市立伊東市民病院 初期研修。地域医療振興協会 後期研修「地域医療のススメ」。北海道家庭医療学センター フェロー修了 ●●年より現職。
幅広い学問の集合としての家庭医療学。異分野同士の橋渡し的存在としての可能性も
私は現在、浅井東診療所の医師、北海道家庭医療学センターの指導医、関西家庭医療学センターの指導医、医療人類学を学ぶ研究者という4つの立場から総合診療や地域医療に向き合っています。そのなかで、ともすれば異質なものと感じられがちなのが医療人類学です。実際に「文化人類学・医療人類学とはどのような学問で、なぜ学ぶことにしたのか」という質問をよく受けます。
私なりに要約すると、文化人類学とは人間や個人・集団としての社会での様々な営みを俯瞰してみようとする学問で、それを医療と関連付けて掘り下げるのが医療人類学です。実際の人の営みを対象にするため、実験室や統計を用いることができない学問で、社会で誰かがやっていることを現場で直接観察し、データを取ることが重視されます。古い時代の文化人類学では、未開地域の非接触部族など「自分たちとは明らかに違う集団」を研究対象にしてきました。それに対し、現代の文化・医療人類学は「同じ社会の中にいるけれども、所属や特徴が異なる人や集団」、(例えば健康な人から見た病人や障がいを持つ人、医療者から見た患者、学校にいない人からみた教員、等)を対象にして研究を進めるようになってきました。その目的は色々ですが、一つ重要なのは、立場の違う人の物の見方や世界観を理解し、自分たちの視点の限界に気づき、それを広げることを目指す点だと思います。
家庭医療学の創始者であるカナダのIan R. McWhinneyは、家庭医療学を非常に幅広い学問を結集させたものとしてスタートさせました。今の時代と社会に合わせて医学という学問全体を発展させていくためには、McWhinneyが行なったように医学と他分野を融合させる試みが有用だと考えています。私はその他分野として手始めに医療人類学を選びましたが、似たような形で、他の人文社会科学(例えば社会学・医学史・文化人類学など)と医学を往復し関連付けながら掘り下げようとする人が徐々に出始めています。また、家庭医にとって、領域を往復しながら掘り下げる重要性は、医学と他分野の学問に限った話ではないと思います。従来確立している医学の専門分野との間をつなぐことも重要なタスクだと考えています。私の場合は医学教育を通じた他の専門領域の医師との交流がそのチャンスになると思っています。
医療人類学を学んだことは、研究だけではなくて、自分の診療も変えつつあります。抽象的な表現になりますが、医療人類学を学んだことで、自分に見えている目の前の景色と患者さんから見えている景色とが、決定的に違う可能性に配慮するようになりました。自分にはこう見えているけれども、患者さんは違うかもしれないというスタンスは、多様な病気を抱えた多様な人と家族に毎日出会い続ける臨床の場で、自分の視野の外側に気づき、場合によっては思ってもみなかった患者へのケアのアプローチを思いつくきっかけにもなりえます。研究では、領域間の往復を強調したのと同じく、診療における患者から見える景色との往復は家庭医にとって新しい実践を拓くヒントになるし、医療人類学はそのヒントに気づく感受性を身につけるための一つの方法になると感じています。
研究にしても診療にしてもこうした往復の試みが形になるのはまだまだこれからですが、当診療所でも、医学の視点からの診療に終始することなく、外に向けて大きな視点を持って診療・教育にあたることを大切にしていきたいと思っています。実習や研修の中で、異分野と異分野、患者と医療職の間を往復し、橋渡しとなり混ぜ合わせることの面白さを感じてもらえたら幸いです。
※ 勤務先・学年は全て取材当時のものです(2019年)