メンバーインタビュー:佐藤弘太郎(指導医)

本輪西ファミリークリニック 院長・指導医
学術・研究支援センター センター長


仙台市生まれ、横浜市育ち。05年横浜市立大学医学部卒業。日鋼記念病院にて初期研修、北海道家庭医療学センターにて後期研修・フェローシップ。家庭医療専門医・指導医。

家庭医療の研究は、切り口の幅が違うから難しくて面白い。

循環器や呼吸器などの臓器別専門領域では、臨床の背景に生理学や病理学といった基礎医学がありますよね。それでは、家庭医療における学問・研究とはどんなものでしょうか?
たとえば臨床研究の統計学や、患者さんの語りをどう聞くかのヒントになる物語論もその一つでしょう。あるいは人間が社会や文化の中でどのようなふるまいをして、健康にどう影響するかといった文化人類学的な視点も必要になってきます。家庭医療における研究は、他の臓器別専門領域とは少し切り口の幅が違うわけです。
ひとつ例を挙げましょう。今、うちのフェローシップでやっているのが「聴診」に関わる研究です。普段外来をしていると、診察室に入るなり服を脱ぎ始める患者さんがいらっしゃいます。それも一人じゃなく、何人も出会ったりする。そこでふと疑問が生まれます。聴診という行為は、僕ら医者にとっては心雑音を見つけるとか、脈の不整を見つけるとか、そういった医学的評価のために行うけど、一方で患者さんは医学的評価とは別の何かを求めているのではないか。それでは、患者さんは聴診にどのような期待を持っているのか。あるいは期待が持てないのか。診察室ですぐに服を脱ぎ出す患者さんの「行為の裏側にある思い」を調べることで、何か別のはたらきかけができるかもしれません。
その結果、これまでは医学的な評価でしか聴診を行っていなかったけど、こういう患者さんに対しては別の意味で聴診をすることによって外来に対する満足度が向上するかもしれません。「この先生は自分のことを分かってくれてる。何かあったら相談してみよう」というクリニックへの信頼の高さにつながるかもしれません。
そんなことを突き詰めていくのが、家庭医療の研究の1つの特徴です。

最初の「?」がすごく大事。

研究手法には大きく分けて2つのタイプがあります。量的研究と質的研究です。先ほどのケースでいえば、「患者さんはなぜ服を脱ぐのか?」という問いに対する答えは、数字を積み上げただけでは分かりません。意味を重視するような質的なアプローチが必要になってきます。あるいは量と質のダブルでアプローチしないと現場からの疑問に応えられない場合もあります。多様な研究手法から、研究テーマに一番即した方法論でアプローチを考える、そこも面白さと難しさの1つです。
自分自身の研究や、専攻医の研究を指導して思うのは、最初の「?(クエスチョン)」がいかに大事かということです。臨床において切実なテーマ設定ができるかどうかは、最終的に”よい”研究になるかどうかにかかってきます。
ですから、普段診療をしている中で浮かぶ疑問というのはものすごく貴重です。そして、そこにこそ家庭医療研究のオリジナリティがある。そういう意味でも、家庭医療の実践がまずあって、研究に理解のあるトップや指導医が複数いるHCFMの教育環境は、研究分野に興味のある専攻医にとっては非常に向いていると思います。
「研究ってよく分からないけど必要だよな」と感じている専攻医にとっては、”研究のための研究ではない、真に現場に役立つ研究”の入口を体感できる環境であると自負しています。
もうひとつ例を挙げましょう。家庭医療では患者さん本人だけではなく、家族背景もみます。家族が健康への大きな影響力を持つと考えるからです。ところが、「家族もみた方がいいよね」というのは臨床実感としてはありますが、それを裏付ける研究というのはあまり進んでいません。
たとえば、「関係性の複雑な家族」と「うまくいっている家族」とで家族の介護負担はどう変わるかを調べてみる。そうすると、予想通りではあるけれど、複雑な家族の方が介護負担を重く感じているという結果が得られ、「やっぱり家族の背景をみるのは大事だよね」となります。家族を視野に入れて協働するケアの重要性がこうして示されます。
更に研究が進んで、「家族への介入によって介護負担が減ること」が明らかになることで、日々の診療が感覚ではなく「見える化」されます。そうすると他領域の専門医や一般の方に家庭医療を「伝えやすくなる」わけです。
研究の一つの意義は、僕らがやっている日本の家庭医療、プラクティスの発信であると考えています。日々の診療で感じる些細な何か、家庭医療研究のタネをしっかりと形にして論文にまとめていく。それが家庭医療の発信や普及につながっていくものと信じています。またこれから、家庭医療を目指す次の世代に向けての学問領域の積み重ねの1つ、になればいいなと思っています。
まぁ、それは大きな目的ではありますが、日々のモヤモヤしたものが、研究によって霧が少し晴れること。更に研究を進めるプロセスで様々な知見に触れることで家庭医として自分もレベルアップできる、というのは、実際、面白いものですよ。

※ 勤務先・学年は全て取材当時のものです(2021年)