メンバーインタビュー:加藤 光樹(指導医)

まどかファミリークリニック
院長・連携スタッフ医師

北海道出身。2006年帝京大学医学部卒業。日鋼記念病院にて初期研修、北海道家庭医療学センターにて後期研修・フェローシップ修了。2015年より現職。家庭医療専門医・指導医、日本在宅医療連合学会認定専門医・指導医、医療経営・管理学修士(九州大学)、家庭医療学修士課程在籍(エジンバラ大学)。第11回 プライマリ・ケア連合学会学術大会 Young InvestigatorAward 受賞、2021年Journal of General and Family Medicine優秀論文賞受賞。

診療現場での臨床研究が、プライマリ・ケアを一段上に引き上げる。

福岡県小郡市にある「まどかファミリークリニック」で診療を行いながら、北海道家庭医療学センター(HCFM)の連携スタッフとして、主に学術・研究部門の指導に携わっています。
HCFMのフェローシップコースでは1年かけて臨床研究を行いますが、研究チームが立ち上がったときからメンターとして入り、研究の方向付けをサポートしたり、データの取り方など、論文にまとめていくためのアドバイスをしています。
医学研究というと、病気の原因を調べたり、新しい治療薬を開発するといったイメージがありますが、プライマリ・ケアの研究は少し異なります。
「末期がんの患者さんがハッピーに過ごすために訪問診療でどういう支援をしたらいいか」といった患者さんのケアに関するテーマから、「日本に家庭医が何人いたら地域に十分なケアが行き届くんだろう?」といった制度面に関わるテーマまで、ものすごく幅が広いことが一つの特徴です。
その中で患者さんのケアに関わる臨床研究は、基本的にプライマリ・ケアの現場で生じる疑問が研究の「種」になるので、大学の研究室というより、診療の現場における研究がとても重要になります。
たとえば、クリニックで外来診療をしていると、適切な検査を経ても診断がつかない「医学的に説明困難な症状(medically unexplained symptoms : MUS)」に遭遇することがあります。私たちはこれを「不定愁訴」と呼んでいます。「検査の結果、異常はありませんね」と告げたときに、「ああ、よかった」と安心する患者さんもいれば、「そんなはずはない。何か疾患があるはずだ」と不安になったり、中には「気のせいなんかじゃない!」と怒り出してしまう患者さんもいるかもしれません。こうした反応の背景には「症状があるということは、原因となる何らかの疾患があるはず」という考えが医師と患者さんの双方に前提としてあるわけですが、医師が「医学的に説明困難な症状(MUS)」の存在を認めた上で、じゃあ、不定愁訴に遭遇したときにどんな関わり方をすれば患者さんの well-being を取り戻すことに繋がるのかが重要になってきます。そうした疾患の治療とは異なる、患者さんへの問いかけや寄り添い方を研究で追いかけることもできるわけです。

ある研究グループは、「診断のつかなかった患者さん」の症状がもし軽減したのであれば、どういうことを経験してそうなったのかを患者さんに詳しくインタビューしました。そして収集したコメントをいくつかのカテゴリーに振り分け、どういった過程を経て症状が落ち着き、何が患者さんの助けになったのかを調べました。
このように数量では表現できない研究を質的研究と呼びますが、こうした「何気なくやっているようにみえる」ケアを研究としてまとめることで、「患者さんにとって良いケアとは何か」を明確にし、その資質・能力を得るために「どんなトレーニングを行えばいいのか」が明らかになっていきます。
逆にいえば、このような研究が行われなければ、指導医がそれぞれの知見や経験だけに基づいて指導することになり、良い指導医に当たればいいけれど、当たらなければそれがずっと続いていってしまいます。診療の質的向上だけではなく、トレーニング方法の確立やそれによるプライマリ・ケア全体の向上に寄与することも、プライマリ・ケア研究の果たす大きな役割です。ですが依然として、大学にいなければ研究はできないという考えが根強くあるように思います。大学に所属して研究をしながら「診療も好きなので」クリニックで非常勤医師として働く医師もいらっしゃいます。
そうではなく、診療にしっかりと軸足を置いて研究もしたいという医師の皆さんの受け皿に北海道家庭医療学センターがなれたらいいですし、私自身も臨床研究の伴走者としてお役に立つことができたらと思っています。

卒前教育にもっとプライマリ・ケアを学ぶ機会を。

まどかファミリークリニックでは、北海道家庭医療学センターと連携した取り組みのほかに、系列病院である新古賀病院の臨床研修医の研修受け入れを行っています。また、卒前教育にも少し携わっていて、久留米大学の地域医療実習に協力しています。
私自身は常々、大学教育の中にもっとプライマリ・ケアについて学ぶ時間や機会を組み込む必要があると考えています。ずっと病院で研修をしていると、病院で見たことが世の中の医療のすべてと思いがちです。
いざ卒後3年目・4年目で初めてクリニックや在宅医療の現場に足を踏み入れたときには、病院とはだいぶ違った世界があることに驚くでしょう。
たとえば訪問診療で担当する患者さんが、病気を5つ抱えていたとします。この5つの病気に対して推奨された通りの検査をして、ガイドライン通りの治療を当てはめると、ものすごくたくさんの検査や生活習慣の改善が必要になり、その人が生活の中で本当に大事にしていることややりたいことがほとんどできず、「病気を治すために生きているような状態になってしまいます。これは果たして患者さんにとってハッピーといえるでしょうか。」

そこで在宅医療では、患者さんにとって重要な問題にフォーカスをしてケアを行います。そうすることで患者さんの負担も軽減され、長期的で包括的な well-being につながると考えるからです。ところがこうした優先順位づけについて、病院の医療のみを見てきた人にとっては、クリニックや在宅医療が「医学的じゃない」世界に見えたり、「いい加減にケアされている」世界に見えてしまうかもしれません。人間心理として自分が見てきたものが「正しい」と思うのが通常ですから。在宅医療の患者さんと、病棟で集中的な治療を受けている患者さんとでは、根っこのところでケアの目的が異なるんですね。どちらが良いとか悪いとかではなく、軸足の置き方の違いであって、どちらも患者さんの well-being のためにやっているわけです。
とにかく病気を治すことがハッピーな場合と、多少おおらかにでもその人のやりたいことを支援していくことがハッピーな場合と、どちらもあるということを早い段階で認識しておくことが、将来どんな道に進むにしても、医師にとって大事なんじゃないかと思います。
そうした視点を得る意味でも、卒前教育にプライマリ・ケアを短期的な実習だけではなく、体系的にじっくりと学べる形で取り入れた方がいいと考えています。


※勤務先・学年は全て取材当時のものです(2022年)