メンバーインタビュー:田尻 巧(専攻医)


埼玉県出身。高知大学医学部卒業。高知県立あき総合病院にて臨床研修。2019年より更別村国民健康保険診療所、北星ファミリークリニック、北海道社会事業協会帯広病院(帯広協会病院)にて専門研修。2023年3月、専門研修コース修了。

「自分自身」を問われた4年間。

専門研修が始まる前、専門研修はポートフォリオの項目にあるような到達目標に向かって、ひたすら座学と実践を繰り返すものと想像していました。ですが実際には、家庭医療学の知識・技術を体系的に学ぶことはベースとしてありながら、究極のところ自分自身が問われる研修だったように思います。
たとえば患者さんを診察しているときにひどく疲れたり、イライラしたりすることがあったとします。医師も人間なので、診察中にネガティブな感情が生じるのは仕方のないことです。しかしネガティブな感情に冷静に対応し、家庭医として、プロとして振舞うことが求められます。
その場では自分自身で客観的に認識して望ましい振る舞いをしようと試みますし、後から指導医と「なぜそのような気持ちになったのか」振り返ることもあります。すると、たとえば「自分の価値観とは合わない患者だ」と感じていたり、自分自身がそのとき幸せな状態ではなかったということに気がついたりします。

指導医との振り返りは、ときに目を背けたくなるような自分の弱い部分を見つめさせられることになったり、本当はフタをしてしまいたい腹黒い自分を引っ張り出すようなツライ作業になったりすることもあります。
しかし、ずっとそのままフタをしていたら、いつまでも自分に対して素直になれないでしょうし、家庭医としてのレベルもそこで留まってしまいます。医師である自分が素直になれないまま、患者さんと信頼関係を築きたいというのは都合の良い話です。自分が素直に生きることで、はじめて信頼関係を醸成する下地ができ、患者さんの苦悩に対して癒やしという形で応えることができるのではないかと思います。
自分にウソをつかない、ムリをしない。もちろん相手を尊重しつつ、自分も尊重する。そのようなことを学んだ専門研修の4年間でした。

医学教育を学ぶためフェローシップへ。

4年間の学びを通して思うのは、家庭医療学とは人間に関する学問、人と人のあいだの対人関係の学問であるということです。
今日で専門研修を修了しますが、これで家庭医の専門性を手に入れたわけではなく、ようやく入口に立ったところだと感じています。省察的実践家としての一歩を踏み出す準備ができた段階です。教科書を読んで知識を付け、型どおりの診療が概ねできるようになり、とりあえず入門編は修了しました。本番はこれから。患者さんと真摯に向き合うためには教科書をそのままなぞるだけではなく、いかにして人と人との関係性を築いていくかが重要だと思いますし、その姿勢は一生かけて磨いていかなければならない部分だろうという気がします。指導医との振り返りを通して、「自分が何者でありたいか?」「家庭医として今後どう生きていくのか?」という、人生に対する課題もいただきました。人生を賭けた問いに対して、これだけ熱心に、真っ正面から向き合ってくださる熱い先生方がいるのはとてもありがたいことです。ただ、これに対して自分は4年間で明確な答えを見つけることができませんでした。心残りもあり、もっと自分を見つめ直しながら学びたいと思い、4月からはフェローシップコースに進みます。

今後、2年間は引き続き帯広協会病院の総合診療科に勤務しながら、フェローシッププログラムを受講します。病院をフィールドとする病院家庭医を志望するのは、診断推論や入院医療に対する生物医学的な興味もありますが、教育面での経験を積みたいというのが大きな理由です。帯広協会病院には専攻医が数多く在籍し、臨床研修医もいます。また、学生の見学も広く受け入れています。私自身は将来的に中小規模の病院で働きながら家庭医育成に携わりたいと考えており、ここでの指導経験は自分にとって大きなプラスになると思っています。
全国を見渡せば、家庭医はまだまだ足りない状況です。特に病院家庭医は、これからアイデンティティを確立していかなければならない段階だと思います。私自身に何か残せるものがあるならば、家庭医療のすそ野を広げる一助になれたらと強く願っています。


※勤務先・学年は全て取材当時のものです(2023年)